私の住居は紫野大徳寺の北門前町。西陣織の機音の中、朝は鴨川上流の農家が野菜を売りにきて夕方には豆腐屋のラッパが聞こえる古い町。

今朝、野菜売りが木胡椒を持ってきた。深緑の葉の中にとうがらしがたくさん付いている。お昼は一人なので、さっそく木胡椒とちりめんじゃこを炊いた熱々でお茶漬けをしたためる。ひりっと辛さがしみる。秋がきた。こんな日は仕事もそぞろ。さっさと絆纏を引っ掛けママチャリに飛び乗り大徳寺へ。立ち並ぶ塔頭のいくつかの角を曲がり境内を斜めに走る。東門前通りは精進料理、大徳寺納豆やお菓子の店が並ぶ。昆布屋の棚に、海の切れ端のごとく黒々と昆布が横たわっている。「これからは、羅臼、よろしね。うっすら色も出まっさかい。土瓶蒸し、おでんやね」。女主人の言葉で今日、明日の献立が決まる。羅臼昆布二枚、両端を丸く折り合わせてたたみ、黄色い紐でくくってくれる。つい先日に聞いた、沸騰寸前まで沸かさず六〇度位で一時間ほどかけて昆布出汁を引くのがええという料理人さんの意見を、今日はいよいよ実行する。羅臼ゆらゆら、お鍋は秋の海である。この通りにつづく古くからの商店街。蒲鉾屋のおでんのタネ、土瓶蒸し用のはんぺんを揃える。八百屋の旦那が前籠の昆布を見て、よっしゃ、とばかり松茸半本、三ツ葉、それにおでん用の大根を新聞紙に包んでくれる。こちらの懐具合は先刻ご承知。程よい分量だ。魚屋のおかみさんは「どう、おばあちゃん」。義母は入院中。つづく「偉いわ、おくさん、よう看はる」のお口べっぴんに負け、土瓶蒸し用のお鯛さんをはりこんでしまう。はんぺんはおでんの鍋に移っていただこう。

家族四人。一メートル足らずの小さな冷蔵庫は、入ってすぐ出る材料たちの仮の宿。毎日のように町の人々がその日の献立、材料を一緒に考えてくれる。人々は、海山の季節の移ろいを教えてくれるおかずの詩人たちである。


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