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地図で探した町

チズ、と言われて、関東に住む人間には、地図のこと? とまず思うのはしかたない。聞いたこともない地名だからだ。はて? 日本地図を拡げて、やっと鳥取県にその地名を見つけた。智頭と書く。山の中の小さな町だ。智頭急行というのに乗っていく。

千駄ヶ谷程度の駅でも、「智頭まで」と窓口で切符を買うと「そんな駅ないよ」と剣もほろろに言われる、という伝説がある。実は新大阪から一本で行かれるのだが、線としては山陽本線が途中から智頭急行という第三セクターの鉄道に変わる。

「うへー、山奥ー」

最初はびっくりしたけど、やがて期待がふくらんだのは、米子の野坂千代美さんの誘いの言葉が秘密の扉を開けるみたいに思えてきたから。

「米子の前に、智頭をぜひ見ていただきたいと思って。お友達の石谷さんのおうちがすばらしい日本家屋で、彼女がまたすばらしいの。お泊まりはおいしい食事を出す林という割烹旅館を考えてるの」

米子には千代美さんの「千代の会」で女性の会員にお話をする約束だが、古い建築や、大きな家を見る誘いは誘惑だ。そういう家は、東京ではもう絶滅し、さらに日本中で恐竜みたいに消え去ろうとしている。元禄時代からの大庄屋だった石谷家の広大な屋敷が、最近町に寄付され公開されていると知った。

私も娘も、空の旅は原則、外国行きだけ、ヒコーキこわいの原始人で笑われる。でもエルヴィス・プレスリー、ウッディ・アレン、ぱりぱりアメリカンなのに、ヒコーキキライで乗らないという。だいたい、地上の旅には驚きがいっぱいで途中が楽しい。ジェット機は、瓶詰めの中で空を運ばれる旅だから、驚きなんかない、あったら最後! だ。途中のおもしろさは地上に限る。めんどうな乗り換えやイジワル駅員さえ、旅のつれづれ、楽しみだ。

乗り換えの、新大阪の改札口の駅員は、木彫りみたいなブッチョウづら。改札を出たコンコースにコーヒー店があるか訊くと、

「さー、ここから先はよその会社だから知らないよ」(ここはJR東海、向こうは西日本?)

毎朝通ってるんじゃないの? 仕方なく、改札出たすぐの喫茶店にはいったら、満席、そして紫煙もうもう。ヤメ! 暑くてもプラットフォームで外気の中で待とう、と歩き出したら、ありがたや、スターバックスがあった! 砂漠でオアシスを見つけた気分。ブッキラボー駅員のあとで、若いオネーサンのニッコリ顔、冷えたキャラメル・マキアートのトールを買うと「バッグいりますか?」「蓋は?」、カウンターにはスプーンや紙ナプキンがたっぷり。

「これがサーヴィスよ!」

気分回復。同じ働くなら、ニッコリがトク、ブッチョウづらはあなたも他人もソン、と言いたいな。




智頭は不思議の国

おもちゃの家のような智頭の駅で、野坂千代美さん、石谷寸美子さんと落ち合って、雨になる前に、とクルマで精力的に方々周った。ぐいぐいと山へクルマを進めるうちに、いつか岡山県に山深くはいっていて、雨粒も大きく、しげくなった。たどりついたのが、人っ子一人いない廃寺のような菩提寺。立て看板の縁起に、役行者が修行したとある。大和から、よくまあこんな遠くまで。

「ここに樹齢八百年の銀杏の木があるのよ」

お寺の裏山の杉の木立を、霧を透かして見ると、杉の上にたなびく濃い灰色の雲がある。

「あの雲みたいなのが大銀杏のてっぺんなの」

近づいたら、大枝が空を覆い、梢はまったく見えず、大枝から乳根が何本も垂れている。



周囲4.5メートルの慶長杉。百歳ではまだ子供みたい


見るモノがたくさんある町だった。国と町の文化財の「石谷家住宅」は江戸期から明治、大正、昭和と建て継がれてきた日本建築。はいった土間は巨木の梁をめぐらし、息を呑む高さ。十三メートルあるという。私は日本最古と言われる慶長二年建築の町家を奈良の五条市で見たが、規模がまったく違う。

しかもユニークな建築だ。不思議な工夫があちこちにある。つるつるした木のらせん階段を上がると、橋みたいな渡り廊下があって、一階を見下ろすつくり。太鼓橋という名だ。主屋は田の字型に部屋が連なる伝統的なつくりだが、民芸運動の吉田璋也のデザインで改造され、居間や食堂は美しいケヤキのフローリングで洋風な仕様。食卓やイスも彼のデザインで、がっしりと、しかも美しい。娘が、

「見て。このイス、下にスキーみたいな足を履いてる」

覗くと、反りをつけた細い板が付けてあり、引くとスーッとよく滑る。

「よく気がついたわね。民芸の吉田さんのデザインなの」と寸美子さん。

智頭は米子からの参勤交代の宿場だったから、山中の盆地の町だが人々の暮しは優雅だ。若い女性がちょっと出すお茶菓子にも青いもみじの葉がそえられていたり、東京の忙しさとちがう。

林旅館は、お料理は主人夫婦二人の手作りで、建物も清々しく随所に工夫があり、山中に稀な宿だ。鯛の塩焼きがいい焼き具合。やわやわに目がない私は、蓮蒸し、胡麻豆腐や里芋やいんげん、しらす干しなどを揚げてお出汁を張ったお椀にウットリ。最後のもずく雑炊のすっきりした味にとどめをさされた。食べる間もスズムシの音が高く低く、見事な合唱を廊下でも耳にしたので、「録音?」と訊いたら、ちゃんと見えないところに虫籠があるのに、合理に毒された東京人は「さすが!」とおじぎした。

寸美子さんは旧家の女主人役だけでなく、土地の女性のエンパワーメントにも力を尽くしている。それが米子市長の夫を支えるパートナーの千代美さんと気の合うところでもあるのだろう。寸美子さんが主催する藍染めの工房、杉の葉でつくる造り酒屋の印の杉玉などは町の女性に手仕事のチャンスを開き、収入をもたらした。実行力がすごい。

石谷家の杉山には、慶長杉という樹齢四百年の巨木が二十四本もあり、翌朝そこまで登ったが、大きいのは杉だけでなく、山陰の女性たちの力だと思った。


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