昨年4月から、塩の製造及び販売は完全自由化となった。日露戦争を機に創設された専売制が廃止されたことにより、海外諸国から数多くの塩が続々と輸入され始め、また国内でも多数の業者が独自の塩作りに乗り出し、現在では多種多様な食用塩が出回り始めている。健康食志向の現代日本では、調味料の原点たる塩に対する注目度は高いものの、明治38年から平成9年まで約百年にわたり専売制=供給商品の使用という経緯があるため、“今までの塩とどう違うのか”“どの塩を選んで使えば良いのか”という疑問が起きるのも当然と言えるだろう。
生命維持に不可欠なもの、また最古の調味料としての塩は、世界各国、そしてもちろんわが国に於いても、語るに余りある長大な歴史がある。
私は塩元売人として、長年国内の塩販売に邁進してきたが、このたびの自由化により、また新たな一歩を踏み出すこととなった。永年の歴史と伝統の中で育まれてきた塩の価値を再発見し、そこに新しい時代の価値を創造していく。これを“塩ルネッサンス”と名付け、この連載を通して過去〜現在〜未来に於いての塩のあり方を検証していこうと思う。
つい最近まで食用塩と言えば、ごく僅かな例外を除き、原則的に数種類しか存在していなかったと言ってよい。これは、高品質、低価格、安定供給を原則として掲げる国策により、専売制が布かれていたからである。
世界の塩資源は、『天日塩』『岩塩』『湖塩』の3種から成る。しかし日本では、太陽と風の力で海水を蒸発させて作る天日塩は、気候的に生産できず、岩塩層や塩湖は存在しない。古代から日本人は、海水を汲んで煮詰めるという方法によってしか、塩を作り出すことができなかった。このことが、日本独自の製塩法を発達させる主因となった。
そんな中、豊富な天然塩資源を持ち、大量製塩が可能な海外から、良質で安価な塩を輸入するようになっていったのは当然と言えるだろう。しかしこれに対し政府では、生活、産業の根幹たる物資を全面的に輸入に頼ることは、有事の際に危機的状況を生み出すことに繋がり、また国内製塩業者に壊滅的なダメージを与える、と懸念したのである。
このことが、製塩業者の保護育成という、専売制度の主因となった。そのため、塩作りには経済性や機能性が第一に求められ、製塩業は急速に近代化されていった。日本の塩の自給率と、独自の製塩法に起因する高コスト化の問題を解決したのは、イオン交換膜法という画期的な海水濃縮技術であった。これにより、農耕的な製塩から工業的製塩へと、塩作りは大きく変貌していった。
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