古都のたたずまいをもつ成都の落ち着いた街並みには、いたるところに「小吃」の店が軒を連ねている。ここでは、餃子、小菜、麺類から点心類まで四川の家庭料理を食べることができる。それぞれの専門店は、伝統的な四川の味を大切に守っている。成都に住む知人から「昼は西玉竜で軽く食事しませんか」と誘われ、街路樹に隠れるように佇んでいる小吃の店に入る。
昔の一膳飯屋といった趣の店内は、昼時の人のざわめきとムンムンとした熱気に包まれている。彼は竹海で食べた豆腐がとても美味しかった私の話を覚えていて、すぐに麻婆豆腐を注文する。湯気の立つ赤黒い色をした麻婆豆腐に一瞬ためらっていると、「四川の店の豆板醤は、二年、三年と熟成させたものを使っているので、色は濃い目ですが味はいいですよ」とすすめる。なるほど、硬めの豆腐でつくられた麻婆豆腐を口にすると、深みのある味がして、美味しい。
四川の坦坦麺には汁がなく、挽肉と唐辛子の紅油に麺をからめて食べる。はじめの口当たりは甘いが次第に辛さが口いっぱいに広がる。辛味がスカッとして後に残らない。坦坦麺に汁がないのは、昔は屋台で売られていたので、汁がこぼれないように工夫されたのだという。四川では、坦坦麺や麻婆豆腐が一流の名菜店でも出てくる。「麻・辣」の世界を味わったあとで、蜂蜜の餡入りの団子「頼湯元」がとてもよく合う。四川人は普段の食事でも辛味と甘味を好む。甘い団子を食べながら、ふと、どこかで同じ感覚を体験したような気分がした。昨年の五月、モナコのホテルドパリにあるレストラン「ルイ十五世」で、シロップの上に塩味のバニラアイスクリームを盛ったデザートがでたときのことである。給仕が「甘さとソルトテーストの“味のハーモニー”をお楽しみください」と云った一言を思い浮べた。食の国には、どこか共通した食文化があるものだ。
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