●査証(ビザ)を持たぬまま、キリキリ国に不法潜入したことがある。そして、海辺の曖昧な宿に一泊した。“曖昧”と書いたが、決して出合い茶屋の類いではない。許可無し営業だから曖昧なのである。竜宮の宴会のような夕餉を堪能した後、宿主から「夜釣りさ行ぐべ」と誘われた。度を越して呑(や)ってしまった後で、さらに舟上で揺られるなんて真っ平だから、「御免なさい」と首を横に振って、早々に床の上にひっくり返った。翌朝、当然、おやじさんの釣果が食卓を飾った。脂ぎった巨大な鱧である。関西方面で好まれるあの鱧ではなくて、キリキリ国では穴子のことをそう呼ぶのだ――と、おやじさんから教わった。食べ慣れたメソとは趣が違う。穴子とは到底思えぬ、豪快かつぎどぎどの煮付けだった。

▲のべつ入り浸たりの身近な鮨店があった。昼に晩に、時には日に二度も足を運ぶこともあったのだ。おしゃべりが愉しく、板さんの機転で酒の肴を種々工夫してくれるのも有難かった。その店で、私は穴子の白焼きを肴に、燗酒を静かに傾けるのが好きだった。(鮨店定番の濃厚な煮穴子では、私の場合、酒の肴にはちょっと重たい)。

■ある時、個人的なイベントで、連日銀座で過ごす日が続いた。そんな折に、若い頃いろいろとお世話になった鮨店を訪ねた。煮鮑や煮穴子の味を覚えた店である。屋形を拡張し(近くのビルに場所を移して)モダンな造りで営業していた。ご主人が私の顔を覚えていてくれた。もうお年だから、自ら板の前で演じることはないらしい。でも、その時は特別に、私の前に立ってくれた。お年のせいか、鮨を握る手が微かに震えた。何だか胸が詰まるような思いに駆られた。



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