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ウィークエンドはエクサイティング

金曜の夕方、私の頭に浮かぶのは「土曜に何を食べようか?」のクェスチョンマーク。お休み前の子供みたいにウキウキする。

土曜は解放の日。週末は金曜の午後から気分的にはじまる。日曜だって自由な日だけど、翌日は月曜日で義務が待っているから、なんといっても〈解放区〉は土曜日だ。

TGIF(THANKS GOD IT'S FRIDAY)は、アメリカに留学して真っ先に覚えた言葉だった。1950年代から、アメリカ人は金曜の午後はもう働かないと言われていた。週末は金曜の午後から、というわけだ。週末を大事にする習慣には宗教もからんでいて、安息日が土曜日のユダヤ教では、安息日は金曜午後に始まり、イスラエルのエルアル航空は金曜の日没から就航をストップし、土曜日は飛ばない徹底ぶりだ。信心深い家庭では、火を使う料理もしない、ホテルのエレベーターのボタンも押さないから、安息日は専用に、各階止まりにセットする。

日本もやっと週休二日が定着して、遅れていた学校も曲がりなりにスタート。思い出すと、70年代には役所はまだ、土曜日を委員会を開く日にしたがり、私はそれにいつもノーと言っていた。そしてとうとう、役所も土曜を会議に使う悪癖をやめた。

あなたは土曜に何を食べるのか? 朝からフリー。何時に起きても、何をしても、しなくてもいい日。ゆっくりブランチを楽しめる日。

私はできるだけ、原稿や調べ物をウィークデイにすませて、土曜を好きに使えるようにする。それでも原稿は踏み込んでくるけど、それはそれ。「今晩はどの本を読もうかな」と考えるのもいい気分。

その金曜日。夜中にネコにエサをやりながら、私は急に明日はクレープを食べよう! と思い立った。クレープの種は前の晩につくって寝かせておくのがおいしく作るコツ。薄力粉をふるい、卵三つを割り入れ、ミルクと水、溶かしたバター、塩と砂糖を少々加えてミックス。クリーム状の液体をステンレスの容器に入れて冷蔵庫へ。

以前は週末の朝は「ベッドで朝食を」が楽しみだった。専用のベッド用テーブルも持っているけど、ネコと暮らす今はムリ。いたずら者たちがベッドに乗って鼻ヒクヒク、暴れてひっくり返しちゃう。そもそもトレイを運んでくるメイドがいない。

クレープは、クレープパンで天使の羽みたいに薄く焼く。メイプルシロップは基本だけど、サワークリームとコテージチーズをミックスしてやわらかいクリームを作り、これを真ん中に載せ、そこにジャムを好みの薄さに煮直したのをかけてロールして食べるのが好き。いちごジャム、アップリコット、ワインジェリー、口の中でとろける。


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食べられちゃうのにブタはいつもニッコリ


ベーコンとメグレオムレツ

ベーコンをゆっくり時間をかけて焼くのも土曜日の楽しみ。そうきめた朝は、起きるなりキッチンに行って、ハラペコ猫にエサを出し、次にベーコンを大きなスキレット(平鍋)に並べる。まっすぐに、きれいに並べる。これが大事だ。

次にベーコン・プレスを上に載せ、最後にガスを弱火に点火する。ベーコンは冷たいフライパンでスタートし、じっくり時間をかけて焼かないと縮れてしまう。あせると焦げる。焦げたベーコンと生焼けのベーコンほどがっかりする食べ物はない。

こんな手数を踏むのは、ベーコンをまっすぐ平らに焼くのはとてもむずかしいから。一流ホテルでもなかなか出来ないのは、時間がかかるせいもある。

最後にコーヒーを挽いてドリップにかけ、二階に戻って着替え。降りてくるとコーヒーができ、ベーコンからいい香りが立ちのぼっている、でもできあがるのはまだ先だ。全部で20分はかかるから。コーヒーをのみながら待つ。

ベーコンプレスは、ベーコン好きには欠かせない道具。こういう便利な品があることは、私も永いこと知らなかった。だれかがアメリカで買って帰って重宝してると聞いて、数年まえ、ニューヨークで探しに探した。アップタウンとダウンタウンの有名なキッチンの店にもない。無いどころか、

「それ、どんなもの?」
逆に店員に訊かれる始末。諦めかけていたら、新聞広告に古風な台所用品の店が出ていた。ここだ!勘が働いて、行ってみた。あった!

見れば簡単な道具。プレスというだけあって、厚手の鉄の鋳物に取っ手をつけたもの。ベーコンの上に載せるだけだ。重みで平らにし、熱でヒラヒラ波打たないように押さえる工夫だ。愛嬌のあるブタの姿が彫ってある。MADE IN TAIWANとある。

さて伴奏の卵はどうするか。ベーコンを焼くと、たっぷりの脂が出るから、ハイカロリーとわかっていても、つい南部式にフライドエッグにチャレンジしたくなる。縁をカリカリに焼いた目玉焼きだ。南部人はグルメで、朝からしつこいものも平気なのは、アメリカにいるとき知った。

でもやっぱり、週末の卵はメグレ式オムレツがしゃれている。ジョルジュ・シムノンが発明したパリの警視メグレは、食通で、お昼はたいていメグレ夫人がつくるディナーを食べに家に戻る。パリジャンが昼食に時間をかけていた古きよき時代のパリ警察の話しだ。メグレの推理小説には食事とワインが、謎解きと同じように詳しく出てくるから、「メグレ警視は何を食べるか」という料理本まで出ている。

「ママ、メグレのオムレツ、やってみたらおいしいの!」

ある土曜、娘が叫んだ。「フワッフワになるの」

うちの卵は地球人倶楽部の、地面を歩いて、純正なエサを食べてるニワトリの卵だからおいしい。さらにその日は、〈新ちゃん卵〉があった。奥能登の湯宿〈さか本〉の、山里を自由に歩いてるトリの卵が送られてきたのだ。「エサはやらず、庭の虫と自然の草を食べてるトリ」の卵だから、純正とはこのこと。

メグレのように、卵黄と白身に分け、白身を泡立てる。黄身にはバターを少し入れる。フライパンにバターを溶かし、黄身と白身を合わせてオムレツに焼く。ハーブも振る。ふっくり、黄色いのがやきあがる。これも土曜のぜいたくのひとつ。


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