No.211




.
.

●天然に、何処にでも生える茸らしい。だから(茸を採取するクセのある御仁なら)誰もが知っている茸。しかしシチーボーイだった三十年前の儂は、そんなものすらまるで知らなかった。オレメキ(オリミキ)とか、あるいはボリボリだなんていうヘンテコな名を、それも思いっきり北国的発音のお婆々さんから教わったときには、オレはメキをボリボリと掻きむしりながら、もしかしてからかわれているんじゃないかしらン――と疑ったりしたものだ。モダシ、沢モダシの他、△△モダシ、××モダシ的バリエーションも多く、さらにアマンダレ、クズレ、ナラブサ、アシナガ……と、ありふれた茸だけに土地土地での異称を数え上げればキリがない。

▲この茸の教科書的な名称は〈楢茸(ならたけ)〉である。もちろん楢の木にも生えるが、とりわけ美形のそれに出合うのは山毛欅の林の中だ。三百年以上生き抜いて大往生の倒木を覆い尽くすようなこの茸の大群生は“美事”の一言に尽きる。ありふれた茸であると同時に、平らな傘の形状も、色(黄褐色)も、シャキシャキした歯触り・滑らかな舌触りの食感も、ホントに茸らしい茸だ――と、儂は思っている。山賊汁や山賊鍋に使うのが日常だけど、その他煮る、揚げる、炒めるなど如何様に処理するもよし。食べ飽きるということもない。

■この茸のそっくりさんに〈楢茸擬〉がある。柄にツバの有る無しの違いだけで、食べるに際して何ら区別する必要もない。それにしても“もどき”のネーミングは怪しからんではないか――。〈否山毛欅(いぬぶな)〉とか〈贋アカシア(針槐)〉と同様に、これらは明らかに差別的であると、儂は常々心を痛めているのだ。


.

Copyright (C) 2002-2003 idea.co. All rights reserved.