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●「ギャーッ」と、無害な虫螻(むしけら)が一匹そこに居るだけで”すわ大事件”的絶叫を発して三メートルも跳び退くお嬢さんが、一方ではグルメを標榜してピチピチ跳ねる白魚を銜え嬉しぶのを見る。白魚が歯の隙間から逃れようと必死に尾を振る図は正視できない。踊り食いなど好まぬ儂だけど、例外中の例外として蛍烏賊(ほたるいか)だけはピクピク動く奴に限ると思っている。人は所詮惨酷な生きものなのだ。

▲そこら辺の……然る鮨店の暖簾を潜って、カウンターの隅に腰掛けた。板の前の人が「何か切りますか」と囁くから、儂は目の前に横たわる鮎魚女(あいなめ)の半身を指差して、「その死骸を切りきざんでくれ」と言った。間髪を入れず、柳刃が三本ヒュイ・ヒュイ・ヒュイと飛んできた。儂は縦・横・斜めに首を振ってその凶器を躱した。やれやれ、お店でこんな冗談を言ってはいけないらしい。あっ、文字にしてもダメか。

■「今日は吉永さよりがいいです」だなんて、敵は鮨店にあるまじき、古臭いジョークを飛ばした。「あんたと同じ腹黒の奴かね」と言ったら、今度は頭上から包丁が降ってきた。とっさに手塩皿で払い除ける。「吉永さんはピンとこないね。さよりなら石川か国生か、場合によっては岩井産の方が性に合うのさ」だなんて、取り敢えず儂も話を合わせておいた。そして皮だけを串にクルクル巻いた塩焼きを所望した。徳利を三本片付けてから「にぎって貰おうか」と言ったら、其奴はそっと手を伸して儂の手に触れようとした。気色悪いったらありゃしない。儂は思わず三メートル後方にぶっ飛んだ。そんな大昔のギャグを臆せずやるなんて、一体全体どういうお店なんだろうね――まったく。

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