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年とっても食べ好きの人は長生きだ。先代仁左衛門はうなぎとステーキが大好物で、九十歳まで生きた。九十八歳まで元気だった父もうなぎ、しゃぶしゃぶ肉好きで、マメに自分でキッチンに立っていた。

あなたは家でお料理しますか? 以前にくらべ時間ができた私は、やっと料理に凝ることが出来るようになった。男でも料理好きは増えていて、現役中も、リタイア後はいっそう、腕をふるっている。

でも時間があるから料理する――という公式はなりたたない。専業主婦の姉は料理メンドー派で、レトルトやテイクアウト、時には駅弁で平気だ。東京から軽井沢へ来た日の夕食は、駅弁ですませたり、峠の釜飯を食卓に出す。子供夫婦や孫がいれば人数もかなりだ。私はつい、見かねて言う。

「晩ご飯に? パスタ作ればいいのに。東京からローストチキンかパイを持ってくるとか」
「面倒よ! お料理したくないのよ」

食に投げやりなのは、人生で楽しむチャンスを捨ててるようで残念だ。手抜きでも、おいしく食べる工夫は出来る。でもシニアには、家の食事無関心、ご馳走は外で、という夫婦が案外いて驚かされる。

シニア用ホームの一般的設計は、「シニアは料理したがらない」を前提にしているらしく、部屋にはキチネットのみ。たいてい電磁式の熱源はたった一つ、もちろんオーヴンはないから、ローストチキンやお菓子を焼けない。

贅沢なホームでも、その点は変わらず、しゃれたルーヴァでキチネットを隠す設計で工夫はあるが、シニアホームの基本方針は、どこも、

「あなたは料理しないひと、あなたは食堂でだされるメニュで満足するひと」にあるようだ。

「メニュには最善の努力をはらっています」は、ホームの売りどころでもある。
ホームには知人もはいっているし、講演ついでに見せてもらったところもある。その結果、私が思うのは、料理好きには、シニアホームの料理の原則をなんとかしないと、愉快に暮らせないのでは? ということだ。部屋のキチネットでできるのが朝食程度、オムレツがせいぜいじゃ、生きてるよろこびが無い!

火事や事故が心配なら、自動散水設備をつければいい。予約制で使える共同のキッチンを各フロアに設ければ、料理好きやパーティ好きは救われる。自分で料理することは、頭と手を使うから、老化を防ぐし、食べるよろこび、人に振る舞うよろこびは人を活性化する。ホーム側が見過ごしていることは、お料理は一種の自己表現であり、チャレンジして、うまくできれば達成感がある。ラクな暮らしが長寿の元ではない。趣味活動が生き甲斐を生む、というのも定番だが視野が狭い。料理は、男女だれにでもできる、基本的で単純明快な生きる喜びの元だ。



ほら吹き男爵のいちぢくの赤ワイン煮とヨーグルト




私の周りには、アクティヴ・シニアが大勢いる。七十歳から九十歳近くまで、男女さまざまで、職業はリタイアした会社役員、アーティスト、サラリーマン、自営業、大学教授など。この人たちはみな独立的で行動的、自宅に暮らして料理し、クリエイトする権利を確保している。

九十歳近い指圧師の女性、岸さんは一人暮らし。元々港区の住人だから「老後は田舎で」なんてどこ吹く風、港区に暮らしている。質素なアパート住まいで、その埋め合わせを、大洋村のコテージへ畠作りに出かける。作物は岸さんの食卓をにぎわし、うちにもたっぷり分けてくださる。買い物上手で、

「渋谷市場は安いのよ」

うちへ来るついでに寄って、生鮭の切り身やいちごを買ってきたり、餅つき機で作ったお餅もくださる。こちらもお料理や到来品を分ける。

もう一人は、ニックネームがほら吹き男爵という男。話が面白おかしくて大きいから。横浜のマンションを人に貸して、大森の小さなところへ移り、身軽になって絵を教えたり、楽しみに料理をしている。二十年以上やもめ暮らしをしたから、料理の手際はなかなかのもの。男は女に依存しないと、このぐらいはできるというサンプルでもある。

ときおり彼から電話がかかってくる。
「デザートいる?」
「何つくったの?」
「いちごのジェリー」得意そうなくすくす笑い。
「すごいじゃない! 欲しいわ」すかさず言う。
「丸梅に教わったいちごを、開新堂風のジェリーにしたんだ」
私も急いでお返しを考える。
「昨日つくったカブとカブの葉のポタージュがあるわ。いる? それと幕別町の長芋。生のよ」
「いただくよ。スープは自分で作らないから」

彼の言う丸梅は四谷にあった名女将のやる小さな料亭、開新堂は麹町の菓子とフランス料理の老舗。
ほら吹き男爵は、こってりした和風が得意だ。
彼が分けてくれたお料理には、青菜と豚の三枚肉の煮込みや、すじ肉を煮た汁を使って煮た里芋があった。豚も里芋もおいしくて、女たちがレセピを欲しがった。ジェリーも上手で、夏はグレープフルーツ、いまはいちご。赤ワイン煮の果物はおいしいものだが、彼はそれをいちじくでやるのが得意。

「どう、いちぢくの煮たのいる?」
いちぢくは私も娘も大好物、ふたつ返事だ。不思議なことに、彼からもらって、うちでもそのレセピで作っても、同じにはいかない。料理には相性があるのか、それぞれお得意があるのが、面白い。

彼が最近、気に入ってるのに、私のチーズケーキがある。これは失敗を重ね五回目に成功したのだが、失敗作から食べていて、

「おいしいね、あれは! レセピくれない?」
彼もチャレンジすると言う。
「じゃ今度ね」言ってから気づいた。「あれはムリかも。面倒なのよ。クリームチーズやサワークリームを計らないとダメだし、まぜるのにバミックスがいるの。手ではムリ。上げるわよ、作ったら」

こんな風に私の「分け友達」は続いている。明日は岸さんという今、上げるお料理は? と考え中だ。


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