263


あなたのおうちのかけがえのない友達は犬、それとも猫? 食卓はいつでも彼らの興味のタネ。おいしそうな匂いに、鼻がピクピクと反応する。

でも、食卓に飛び上がれるのは猫だけ。犬は床から背伸びするしかなく、猫はエヘンと反り返る。黄色と黒のトラシマ猫ガーフィールドのマンガでも、テーブルに飛び上がってローストチキンをまるまる盗るのは彼、羨ましがるのはイヌときまってる。

うちは猫の家で、アメリカン・ショートヘアが我が物顔にふるまっている。ガーフィールドみたいにローストチキン一匹を運べなくても、食卓の上はかれらのハンティング・フィールドである。食卓にお料理を出すと、うちでは「ネコ帳」をかぶせる。昔食卓で料理にかぶせる「蝿帳」があったように、いまはイギリスの愛らしい布製のカサをかぶせ、ネコ除けにこう呼んでいるのだ。

食事が始まると、食卓はとても賑やかになる。猫たちが飛び乗ってきて、すり寄ってくる。
「いい匂い!」
「何食べてるの?」
「わけて、わけて」

テーブルの上、私たちのお皿のそばへピタっと座るのはいいほうで、ニンゲンとお皿の間を行ったり来たり通るデモンストレーションをする。

お客さまのときは困る。ネコと一緒に暮らしていないひとには、こんなネコの行状と、それを許す飼い主は、おそるべきお行儀のわるさだ。飼い主は必死になってネコを食卓からおろすけれど、ネコはまた乗ってくる、おろす、忙しい。

それでも最初のうちは、
「食卓で食べ物をやってはだめよ」
厳重に娘に言い渡し、私も断固、猫にはキッチンのきまった場所でエサのお皿でやっていた。それでも可愛さに、お刺身ちょうだい、とすり寄ってくると、つい、ちぎって口元へ。
「だめよ」たしなめると、
「でも『さむがりやのサンタ』も、猫には食卓でエサやってるし、自分の朝ご飯より先に猫よ」
絵本をかさに、娘に反論される。

食べ物をめぐってのネコとニンゲンのレースは、キッチンで始まっている。いやいや、もっと前からだ。ネコはそもそも、好奇心のかたまりだ。ピンぽーん、宅配便が玄関にくる、ニンゲンと同時にネコも走り降りてくる。発泡スチロールの箱は、ネコにとっては、ちゃんと匂いを放っているらしい。

蓋をあけるときからネコはつきっきり。それがお台所に運ばれて、まな板の上にひろげられると、ウロウロ。さばき始めれば人間の後ろにある台にのって背伸びをし、私の背中に両手をかけて催促する。
「見せて、見せて」
あるいは、流しの横にきて、じっと見る。ごちそうの予感はネコにもあるのだ。

おもしろいことに、もしお魚がネコにとって大きすぎると、興味を持たない。三キロもある塩鮭は、幾つ床に並んでいても、お魚とは見えないらしい。これは以前、羅臼の網元から、二箱十六匹を取り寄せて友達と分けていたときの経験で、三十年、四匹のネコを観察した私なりの結論だ。ネコにも「食べごろ」の大きさというものがあるのだ。きっと人間がステーキ肉を見れば食べたいなと思っても、牛一匹では食べ物に見えないのと同じだろう。

「ぼく、食べていいの? いいの?」



ジジは食べ物のハンターだ。まだうちに来たての生後三ヶ月のころ、キッチンで、たたきにしようと小アジをひろげていた。ちょっとの間、目を離した隙に、ジジはひらりと飛び乗って一匹かすめ、床でムシャムシャやってるのを発見。子猫には、小アジといっても結構な大きさ。まださばいていない、骨つきのをそのまんま。

ウグッと言ったのは、骨がつかえたらしい。娘は飛び上がって、
「ママ、たいへん! ジジが」
叫んでる間に、彼女はしっかり呑み込んで、けろりとしていた。以来、ジジには「ハンター・キャット」の冠がついた。勇敢な美女のメス猫だ。

オスのリュリュは食欲では、遠くジジにおよばない。マンガの「動物のお医者さん」の動物の主人公、ハスキー犬のチョビと似て「いいの? いいの?」といつもおずおずしている猫。こわがり屋なのだ。
「この子はきっと、大勢のきょうだいと暮らしてたら、エサにアクセスできないで、やせちゃったわね」
「うちに来てほんとによかったのよ、リュリュ」
ニンゲンは恩をきせる。ところがリュリュには別のハンターの才能があった。ネズミ獲りである。軽井沢でのこと。ある晩、廊下をスーっとリュリュがやってきて、食堂の私たちの足下に置いたのが、小さなベージュ色のネズミ! ちゃんととどめを刺すからすごい。彼の株はだんぜん上がった。

猫で頭を悩ますのは、彼らは美食家だということ。同じエサがつづくと、プイっと横を向く。だからいろんなエサを用意して、とっかえひっかえ出さないと食べてくれない。
ペット産業は大繁盛、なかでも猫の餌はすごい。カラーのパンフレットを送ってきて、ファクスで注文すれば配達してくる。レトルトパック、ドライフード、缶詰がずらり。子猫用、シニア用、低脂肪まである。マグロ、ササミ、マグロとヒラメ、アジ、しらす入り、チーズ入り等々。「ロースト牛肉のあらほぐし手作り風」「七面鳥のテリーヌ仕立て」「グリル風サーモンのシチュー仕立て」――レストラン並みだ。ご亭主より大事にされてるのじゃないか?

高級ブランドになると、缶は金色で小型、愛らしいラベル付き。ペットフードの缶詰は日本の会社名でも、製造は東南アジアだ。タイで、缶詰の原料のブリキ製造工場を営む社長の話。
「ブリキの缶詰は人間用、金色のアルミの缶詰は猫用。人間は缶詰の色なんか気にしないし、ブリキの方が丈夫。アルミは高いけど、曲げやすいから小さい缶詰に向く、飼い主は猫には高級感のあるものを買うからキラキラした色にする」

なるほど、レストラン風のキャットフードは、金色のアルミ缶だった。もちろんうちにも少しだけど置いてある。特別のごちそうとして。


.
.


Copyright (C) 2002-2005 idea.co. All rights reserved.