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夏は畑でどんどん野菜が育つ。農家は未明に野菜を採取し、出荷するが、穫ったばかりの野菜は、熱をもっていて、とても熱い――こんなこと、ぜんぜん知らなかったけれど、いつもオーガニックフードを届けてもらう地球人倶楽部のニュースで知った。トウモロコシなど、懐炉みたいにホットだという。したがって農家は、穫った野菜をいったん冷蔵庫にいれて熱を冷ましてから段ボールに詰めて出荷する。そうしないと途中で野菜が発散する熱のため、野菜が腐ってしまうという。

これはすごいことじゃないか? 野菜の成長するエネルギーが熱として内部に残ってるわけで、野菜はほんとに生きているのだ。『植物の神秘』という七〇年代のアメリカのベストセラー(いまもロングセラー)には、野菜には放射値の高いものから低いものがあり、高いのを食べるのがよく、また収穫から時間がたつにつれて放射値は下がるから、できるだけ新鮮なうちに食べるべきだとあった。

うちには折々に、九十一歳の女性が、自分の畑で丹精した野菜を送ってくださる。東京で一人暮らしをする人だが、茨城県のいなかにコテージと畑を持っていて、そこで野菜づくりをするのがこの方の息抜きなのだ。

シソの葉はていねいにペーパータオルに挟んであり、小さなニンジンは葉付きのまま、ピカピカする紫のおナス、緑のキュウリ、こつぶのシシトウなどが、それぞれ新聞紙にくるまってクロネコでやってくる。九十歳過ぎたひとの努力の結晶だと思うと、おろそかにはできない。たったひとつ残念なのは、ズッキーニだけは腐って着くことがあり、これはよほど熱を持つ野菜なのか、と地球人倶楽部の記事を読んで気づいた。

ニンジンの葉は湯がいて、きざんでオリーヴオイルでいためる。ちょっと筋が残るけど、味はいい。おナスは以前は調理法に困ったけれど、パトリス・ジュリアンのプロヴァンス料理にサラダやグラタンがあるのを知ってから、調理にも余裕たっぷり。以前はおナスといえばしぎ焼きか、煮るか、田楽しかない、洋風ではせいぜいラタトゥイユぐらいだったから、うちのライフスタイルにあわなくて四苦八苦した。フランスやイタリーが、ナスの産地で助かった。シシトウはタイの春雨に一人前ずつの小さなパックがあるので、それを二つ三つ使って、エビやほかの野菜と合わせて前菜風のひと皿にする。

お野菜の食べ方は、和風より、洋風のほうが範囲が広く、楽しんで食べることができる。すくなくとも私の家庭にはあう。西洋人がヴェジテリアンになるのもうなずけるのは、野菜だけで充分おいしく、味覚も満足して暮らせるからだ。この夏は、ほんとに野菜で生きた感じ。軽井沢でも、
「ずっとお肉なしのディナーだった!」
「そういや、そうね」私はメニュを思い返す。「キュウリの冷たいクリームスープ、カラスノメ(いんげんの一種)、緑のオリーヴ、クレープにスモークドサーモン」
「ズッキーニのスープに、アマンダのコーン&トマトサラダ、パトリス・ジュリアンの塩蒸しのポテトとコテージチーズ、おナスのグラタン」

合間にポークのハーブ焼きや、マスのアーモンドバター、ラムステーキがはいるにしても、うちの基本は大量の野菜料理だ。


獲れたての野菜はステキな飾り


夏休みの東京脱出は、うちにとって一年のハイライトだけれど、出入りの苦労は相当なものだ。田舎好きのアメリカ人のエッセイにも、帰ったときの苦労を思うと、出かける足がにぶる、というのがあり、同感だ。

今年も東京に戻ると、山のような洗濯物(ドライヤーがあっても、軽井沢は乾きがわるい)、冷蔵庫に食料を収める・捨てる、たまった郵便物や雑誌の処理、勘定書きの整理…… 丸二日はかかる。やっとほっとした日。ドーンとクロネコがきた。
「キャ、お野菜だー!」
アミが叫び、私もうれしいやら、あわてるやら。老婦人からのてづくり野菜の到着だ。キュウリ、ナス、葉と茎のついたズッキーニ、葉付きニンジン、シシトウ、シソ。
「早いうちに生かさなくちゃ!」
「みんな、うまく入るお料理って何?」
いろんな本をひっくり返し、落ち着いたのは、まずビーフン。ビーフンには、ニンジン、キュウリ、シシトウをたっぷり使えるし、タマネギとカクテル用のエビを入れ、キュウリの千切りをまわりに充分飾ると、食べるときシャキシャキしておいしい。ほんとは春雨が使いたかったけれど、あいにく少ししか残ってない。干しシイタケも入れ、ハラペニョンのピクルスを刻んでまぜた。ピリッとした味が、全体を引き締めてくれる。

『味の味』の原稿がある私は、今日は娘まかせだ。午後遅く、様子を見に降りて行った。
「おいしそうじゃない!」ビーフンをつまんでみた。おナスが鉄のフライパンでぐちゅぐちゅいってる。
「ビーフンには入れられないから、白ゴマ油で揚げてるの。冷やして食べるように」アミは顔を火照らせている。
「シソはどうするの?」
「何かの本に紫蘇ご飯は、シソが淡泊だから脂を加えるといい、チキンを味つけして焼いたのを刻んで混ぜる、ってあるのにしたわ」
お昼前からかかった老婦人の貴重な贈り物は、日の高い五時に仕上がった。
「あー、疲れた!」アミは猫のように伸びをし、
「チュカレタネー」と私はハグした。
「できたところで食べちゃわない? 紫蘇ご飯がさめないうちに」
テーブルに着いたら、まだ日は燦々。レースの向こうでシラカシの影が揺れている。
かまうもんか。出たとこ勝負よ。
「ハッピー 東京!」「ハッピー サマー・ヴェジイ!」
キリッと冷えた白ワインで乾杯。あー、野菜はおいしいけど、つかれる!


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