No.224





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●東京を離れてもう何年になるか……。地場の新鮮な野菜が豊富で安価なのは嬉しいのだが、入手困難な食材も少なからずあって淋しい。例えばカレーなら得意は骨付きの羊にシャンビと人参なのだが、肝心の羊肉を売る店がこの地にはない。雪の季節は常にザックの中に忍ばせていた七面鳥の燻製も、こちらでは手に入らない。三度に一度は(間食的に)パンか麺類の代用食にする儂だが、パンに副えたいチーズの類いがほとんど望めない。というか、パンそのものもNGである。(東京には若干あるけれど)そもそもこの国・この土地の食習慣に添わぬ品だから、それを望む方が間違っている。

▲年に数回上京する。数か月前のこと、銀座でのランデブーに少し時間が早かったので、以前によく利用した洋書屋を覗くことにしたら、店はビルごと消滅していた。その日の帰りに、チーズでも買おうと(青山の)以前住んでいた近くのスーパーに立ち寄った。灰塗し麦藁差しの山羊チーズが入荷しているはずだし、イギリスの農家製のあれも……などと涎繰る。ムムム、店舗が消えた。更地になってる。已むなく新宿へ……七面鳥その他の加工肉をよく買ったあの店……レレレ、店は健在なのにあの売場がすっぽりと消えてる。パン屋では、お気に入りのリヨン風≠フパンも籠に見当たらなかった。儂は白髪となり、即ち浦島太郎である――山賊なのに。重い足を引き摺り、手ぶらのまま項垂れて帰宅した。

■友人からの土産品が届いていた。白黴のチーズだった。モーやノルマンディの白黴ならわりとあるが、このクロミエ(本物のクロミエ)は何故か見掛けない。思わず醍醐天皇! と叫んだ。その味わいに暫し平安貴族の気分となった。

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