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「タマゴ同盟をつくったの」
アミが得意げに言った。秋の晩といってもまだ気温は高い。アイスティを用意していた私は、
「何、それ?」
「卵をわけあってる仲間。ヘレンとリュリュとアミ。ママはちがうの」
「なぜ? 卵はみんな同じじゃない」
「ママはひとりでまるまる一個、卵を食べるでしょ。ネコたちは卵の黄身だけ。アミはネコの残した白身を食べてるから」
私は目を丸くした。「白身はお菓子やお料理に生かせるじゃない」
「余ってもったいないもの。アミ、先週ホールエッグは二度。あとは白身をスープに入れてた」彼女は、野菜をボイルした和風朝食でダイエット中だ。

タマゴ同盟の団結はかたい。猫と卵の関係には、話せば長い理由がある。
九月末、待っていた電話が長崎からかかってきた。
「明日、仔猫を送ります。かわいい子ですよ! ヘレンて名です」
うちのアメリカン・ショートヘアは代々、長崎のある家庭の猫のファミリーである。
羽田空港内の道は迷うために造ったみたい、とぼやきながら着いたANA貨物ターミナルで待つこと三十分。小さなケージが出てきて、中に灰色のふわふわした毛のかたまりが見える。脅えてもいず、さしだした私の指先を舐めた。それがヘレンとの初対面だ。

以来三週間。着いた直後はシッポをふくらませて、大きなオス猫のリュリュに脅えた仔猫は、三日目には、手足をビューンと伸ばして、アジのひらきならぬ、ネコのひらきみたいな格好で寝はじめた。くつろいだのだ。食べては寝、寝ては食べ、走って、跳んで、竜巻ような猛烈なスピード。トゥィスター(竜巻)という愛称もついた。他にもあだ名は十個以上
ある。十歳のリュリュは、モーレツな仔猫に、
「ぼく、こまっちゃうな。静かに暮らしたいよ」とぼやいている。

タマゴ同盟ができたのは、私の猫学習の結果だ。
ジジを乳腺腫瘍で亡くして以来、獣医の能力に疑いを持って、自衛することにした。自分で本を読んで、ちゃんと育てなくちゃ。獣医の知識は対症療法的で、健康な猫の育児を教えるわけじゃない。人間の医者と同じで、進歩する医学には、外国のように、獣医も日々勉強して新知識を補充しなければ。
ハワイの友達が送ってくれた猫の育て方の"How to Live with a Cat"を急いで開けた。ユーモラスなイラスト付きの、名の知れた出版社の本。中身は信頼できそうだ。仔猫の月齢ごとの離乳食と、おとなになってからも、これが必須というダイエット(きちんとした食事の構成)が書いてある。


ちっちゃなカラダでモリモリ食べる


ペット産業の缶詰めだけにのっかってちゃダメなのだ! 缶詰めやレトルトに、いくら麗々しい名前がついていても、しょせん、工場生産品。うちでも猫たちに、お刺し身やローストビーフや小アジをわけていたけれど、それは毎日のダイエットではなく、おまけにすぎなかった。アメリカの本の猫の食事メニュはすごい。

四ケ月の仔猫は、毎日、卵の黄身をやること! 野菜も大事。ほうれんそう、にんじんを一日に小さじ1。生の肉は、ビーフ、チキン、ラム、さっと茹でたレヴァーなどを、毎食大さじ2。魚は必ず骨をとる。バター少量も必要。週に一片のガーリックは仔猫に寄生する回虫に効いて、薬とちがって猫には無害とある。
「ヒェー、知らなかった、にんにくなんて!」
ジジには、油やバターはダメと獣医に言われたのを思い出す。根拠は何だったのだろう? 今度の仔猫は、“離乳食づくり”に励んで丈夫な猫にするぞ。

地球人倶楽部のオーガニックのニンジンとほうれん草を茹で、こまかく細かくチョップ、ラメキンに入れ、プラスティック容器に密閉する。ササミは生のまま、レバーは数分茹でる。卵は朝割って、黄身の半分が一日分。すべて地球人倶楽部だから健康食だ。
黄身をおそるおそるツナにまぜたら、猫は生の黄身が好きだった! みじんにしたほうれんそうとニンジンと黄身をミックス、さらにツナを加えると、ヘレン・ティティは勇んで食べる。
仔猫の名前にはいつも知恵をしぼる。うちの猫は代々、ひとつの音をダブルにくり返す名だ。ヒマラヤンがジョジョにキキ、アメリカン・ショートヘアがジジとリュリュ。こんどはティティを考えついた。ピッチ(絵本「仔猫のピッチ』)もあるけど、ジジをピッチとも呼んでいたので、ジジのために遠慮。ピッピは『長靴下のピッピ』、ピッパはロバート・ブラウニングの詩"Pippa Passess"に因むこともできるけど、ちょっと言いにくい――そこで音の愛らしいティティを選んだ。

"Titi"は、フランス語には「いたずらっ子」の意味がある。念のためパリッ子に訊いたら、"Titi"はプティットのほかに、"Titi Parisien"といえば、しゃれ者の小柄なパリ男のこと、モーリス・シュヴァリエや、ベルギー人だがエルキュール・ポワロの雰囲気の男を指すとわかって、女の仔猫だけど、私はまんざらでもない。「トムとジェリー」のマンガのカナリヤの名は、フランスでは"Titi"である。

元の飼い主は、ヘレン・トロウベルHelen Traubelという名をつけていて、女っぽい名前もステキだから、ティティとくっつけて、ヘレン・ティティと呼ぶことにした。
「ヘレン!」 呼ぶと、ぱっとつぶらな目をみはってこっちを見る。女の子がうちにいるみたいで、華やいだ気分になるのがステキだ。

この名の由来は、一九五一年にアメリカで創られたピンクのハイブリッド・ローズで、元の主人の好きなバラから。ITで調べたら、ミズーリ出身のソプラノ、メトロポリタンではワーグナーのプリマで知られた女性でもある。写真で見ると大柄の、いかにもワーグナー歌手という美人だ。一九〇三年生まれ、一九七二年に亡くなっているから、絶頂期の彼女に因んだバラで、仔猫の美ニャンぶりを占うようだ。


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