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アフリカの生産者代表と筆者
スローフード運動の発祥の地、イタリア・ピエモンテ州のトリノで「テッラ・マードレ」――食のコミュニティーの国境を越えた出会い――が平成十六年十月二十日から二十三日まで開催されました。この会議は、世界百三十か国の国々から環境や生物の多様性保護と、持続可能な生産・流通モデルを実現した五千人の食の代表者が集まり、自らの経験や考えを話し合う場でした。日本からも六十人の生産者が参加し、その中で四人が日本代表者として、発表、講演をしました。私も代表の一人として参加し、講演をしました。
ちなみに、「テッラ・マードレ」とはイタリア語で母なる大地という意味だそうです。

四日間行われた生産者会議では色々なワークショップで多くの発表がされました。
一日目は、まず生産者が懸念している大テーマ食物の多様性、飢餓、貧困、水、持続性、伝統技術、有機農法、女性の役割、地方経済発展と闘争回避など多数の議題についての講演が行われました。
二日目、三日目は「大地のワークショップ」。生産者の代表が各々のテーマ別セミナーを行いました。その中で私も「塩と健康」について講演をしました。私の講演では多数の質問を頂き、私の塩についての考えを理解してもらえたと強く感じました。同時に塩への関心はかなり深いが、世界においては塩への認識がまだまだ薄いことも実感させられました。

この講演で、私のいままでの塩への取り組み(研究)が間違っていなかったことを実感し、意を強くしました。また、他の製塩業者の講演からも私が今後塩を通してやらなければならないことのヒントを多く得ることが出来ました。

他の製塩業者の講演のほとんどが「自然であれば良い」、「ミネラル分があれば良い」等、ただ漠然とした内容ばかりでした。製塩において自然であれば良いのならそんな簡単なことはありません。自然の中に人間が培った技術と知識の蓄積を織り交ぜ、そこに職人の手が加わることが大切です。さらに、ミネラル分に関しても、ただミネラル分が含まれていれば良いのではなく、含まれているバランスとミネラル分の比率が大切なのです。最近、色々と取りざたされている「にがり」についてもナトリウム分とマグネシウム分の比率が大切なのです。マグネシウム分の量よりナトリウム分の量が多くなれば、それは効果的にも問題があるのです。製塩者も消費者もこのような知識を知ることにより、良い塩とそうでない塩を見分けることが出来るのです。

そもそも、私が塩の研究を始めたきっかけは、その当時国内に流通していた塩に対する大きな疑問と、故・武者宗一郎氏(元大阪府立大学名誉教授・理学博士)、故・牛尾盛康氏(医学博士)、故・谷克彦氏(自然海塩研究家)、という三人の学者との出会いでした。特に谷氏とは数え切れないほど何度も何度も試行錯誤しながら塩作りをしました。

英国チャールズ皇太子の地球規模の食問題についてのスピーチ
日本の製塩法は従来、塩田で濃縮した海水を釜で炊き上げるやり方でした。時代と共に揚げ浜塩田、入浜塩田、流下式塩田などへと濃縮法は変わりましたが、基本的な考えは変わっていませんでした。しかし、一九七三年に国は、「塩業近代化臨時措置法」により日本中のすべての塩田を閉鎖してしまいました。それにより、イオン交換樹脂膜製塩法という作り方で作る塩が、専売のためすべての塩に替わり国内中に流通しました。その塩はミネラル分を夾雑物として取り除いてしまい、塩化ナトリウム分が九九・四%の高純度のものでした。化学塩の食用化は日本が世界で初めてであり、公社は安全性の確認もせず流通させたにも関わらず、その塩は安心、安全、そして清潔と説明していました。まさに国が大量流通と過度の衛生基準のみを盾に、日本の伝統食品を抹殺してしまったということです。言うなれば生物の多様性を無視してしまったのです。そのことに疑問をもった学者と私は、健康と塩という観点から研究を続け、伝統ある日本の塩を守り抜く決心をしたのです。それが私のスローフードの原点であり、塩作りの原点なのです。

今となって考えると国にそのような法律と化学塩を食用化するということがなければ、このような研究や自然塩に対する思いも薄かったと思います。一人の力は小さいと思いますが、一人一人が勇気を出し、意識し、考えて行動することが今後のスローフード運動をもり立て、食の安全や楽しさを考え、食料問題を解決させる糸口になると思います。塩を通し培った、経験、技術、考えの積み重ねを私のスローフードの原点として、多くの人に、そして、明日に伝えていくことは私の使命であり、研究を共にした三人の学者への御礼になると考えています。
私は、この世界会議に参加したことで、その意をさらに強くしたのです。

(この会議での講演内容は、次号でご紹介したいと思います)


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