No.216




.
.

●昔アンデスの村で玉蜀黍のチーチャを呑まされた時に、「それは口噛酒だぞ」と聞かされて「ゲーッ」と思った。口噛酒――つまり乙女が穀物などをもぐもぐやって唾液で発酵させる酒――の概念を、その時初めて知ることとなった。かつては世界各地で行なわれていた酒の作り方で、むろん日本でも米を噛んで酒にした時代があったはずだ。時折りどろりとした甘酒を御馳になったりすると、(甘酒は粥に麹を加えて作るのだが)形状的についつい口噛みを連想して困ってしまう。

▲甘酒は、歳時記などでは夏のものとして扱われるが、儂は寒い季節の方がお似合いと思う。萩の咲く寺で甘酒を振舞うのに遭遇したことがあった。まだまだ暑い頃で、御相伴に与かる気分になれなかった。酒とはいってもアルコール分があるわけじゃないし、若い頃の儂がそんな変なものを呑みたいなんて思わなかった。しかし山では、冷雨に打たれたり風雪の中でへばった友を蘇生させるのに、葛湯とか甘酒がとても有効だった。

■一夜の酒の喉越しを初めて心地よく思ったのは、後年、神田明神の大鳥居際にあるあの店に無理矢理付き合わされた時だった。先日も上京して御茶ノ水へ行った際に、あの店に立ち寄りそれを一服し、土産に納豆と葛餅を買って帰った。桃の節句に因んで白酒について書こうとペンを握ったのに何故か甘酒の話になってしまった。神田は猿楽町にある出版社と御付き合いをしていた頃、そこのボスと付近の蕎麦屋さんや赤提灯でよく遊んでいた。その一角に白酒で有名な酒店があることなどはまったく意識外のことだった。雛祭り用の白い酒など所詮縁のないオヤジなのです。

.

Copyright (C) 2002-2005 idea.co. All rights reserved.