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昨年十月、イタリア・トリノでテッラ・マードレ・スローフード生産者会議が開催されました。世界百三十か国から環境や生物の多様性保護と、持続可能な生産と流通モデルを実現させた五千人の食に関わる代表者が集まり、数多くのワークショップが開かれ、各国の代表者が自らの体験や考えを発表し、熱い話し合いが行われました。私も日本代表の一人として、私の塩づくりと考え方について講演しました。

その講演について前月号では、「ミネラルバランスの良い塩、悪い塩」と題して、私が塩作りに関して一番大切にしている「いかにして海水と同じバランスでミネラル分を塩に馴染ませるか」をご紹介しました。今月号では、講演の後半「減塩信仰について」をご紹介したいと思います。

私は常に海水のミネラルは命が循環する環境作りをしていると思っています。その例として、私が簡単な実験をすることがあります。

イオン交換の塩、岩塩、再製塩、自然海塩をそれぞれバケツの中の水に溶かして、塩分濃度が三・五%になるようにします。その中に生きている蟹を入れて二時間おきにバケツの中を点検します。すると自然海塩以外のバケツの中の蟹は一日もしないうちに死んでしまいます。しかし、自然海塩の蟹は何日も生きます。それだけでなく、そのバケツの中は蟹の糞とそれを分解するバクテリア、それを栄養として光合成する藻の間に循環が生まれエアーレーションの必要もなくなります。

さらに入れたはずのない貝などが発生したり、多すぎると淘汰されたり、小さな地球ができるのです。水槽の中に小さい地球の循環をつくり、新たな生命を沸きたたせることができるのがミネラルバランスのよい自然塩なのです。


大会会場にて。他国の参加者と筆者

塩は生きるために不可欠のものですが、近年の減塩信仰は凄まじいものがあります。
減塩信仰にいたったのにはいくつかのことがらが関係しています。アメリカのダール博士が日本人に高血圧が多いことに注目して調査したところ、東北地方の塩分摂取量が多く、高血圧と脳卒中の人も多いことから原因は塩の過剰摂取によると仮説をたてました。その後、塩分摂取は多くても高血圧の少ない地域もあることから、その仮説は取り下げられましたが、一度起こった減塩信仰はおさまりませんでした。また、塩が高血圧の原因であると導いた有名なラットの実験があります。十匹のラットに通常の二十倍の塩分を与え、なおかつ喉が渇いて飲む水にも一%の塩を入れ、六か月実験しました。結果、六匹は正常で四匹は高血圧になりました(一九五三年アメリカ・メーリー博士の実験)。ここから塩分の過剰摂取は高血圧になると導いた乱暴な結論です。また、人間に当てはめると一日二百グラムの塩を六か月摂り続けても死に至らず、なおかつ六割が正常であるということは、動物には塩分調節能力があり、順応できることを示しています。これが、砂糖や脂肪に当てはめると、死に至るラットもでてくると思われます。

人間が摂取しているものの中で本当に減らさなければならないのは塩以外にあります。その一つが添加物です。添加物を悪い調味料と知らず、本物の塩を極度に減らすと添加物のナトリウムを使おうとする体が危険な化学反応を起こすのです。もう一つが過度に精製された塩です。この微量ミネラルを含まない塩は現代病を引き起こします。

ファーストフード文化全盛の昨今、インスタント食品、外食などにより子供達の脂肪分、糖分、塩分の摂取量は増えてきています。その結果、親たちは子供達に減塩をせまり、塩が悪者になっています。しかし食において塩がなければ味気なく、まずいものになります。先程話しましたように、海水から作るミネラルバランスの良い塩はしょっぱいだけでなく、甘味、にがみ、からみがあります。その微妙な味わいが有機物に奥深い味付けをします。その味わいを子供たちに知ってもらうには、食に対して興味を引く教育、即ち「食育」が必要です。

しかし、現在、子供を取り巻く食の環境は悪い方向に向かっています。個食という言葉があります。家族と一緒に食事をするのではなく、一人で食事を取るということです。共食の衰退により、家族の語らい、子のしつけ、食に関する文化の伝承など食卓の機能が失われつつあります。また、大量消費文化の中で、インスタント食品による大量のゴミ、廃棄物は地球環境に大きな負担を強いています。

このような社会に身を置く子供たちのために我々大人がしなければならないことが沢山あります。その一環として、子供たちが昔ながらの塩作りを体験し、そこで作った塩でいろいろな食材を調理し、そこから正しい食を身につける試みに取り組みはじめています。ものの大切さ、食の大切さを身をもって体験させることにより、子供たちをファーストフード社会からスローフード社会に導くことができると私は考えています。私の塩作りを通して培った技術と知識の積み重ねが、子供たちのために、そして正しい食のために役立てばと思っています。


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