No.218




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●今なら二時間半程で行けるが、当時は列車で八時間も掛かった。十二歳の時に、初めての一人旅で北の町ヘ向かった。親類を訪ねたのだが、そこで「△△の××さんにも会いに行ったら……」と勧められて、さらに北へ向かった。その××オバサンを儂は知らなかったが、先方は儂のことを良く知っており、歓待してくれた。ご馳走になったお昼が鮮烈だった。
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草蘇鉄のお浸し。2,擬宝珠と身欠き鰊の煮合わせ。3,缶詰の小滑子を取り出して醤油を落としたものを納豆のようにご飯の上に乗せて食べる。4,その他。その他は覚えていない。以上は記憶に残る最初の山菜体験だったのである。調理も盛り付けも家庭料理らしからぬ、プロの仕事のように(と言ってもプロの料理など知らぬ十二歳なんだけど)洗練されたもの――と感じた。

▲山菜の類を山宿でご馳走になったり、自分で採取・調理して食べるようになるのは、そんな初体験から二十年も後のことになる。山に遊び、草蘇鉄や擬宝珠(ぎぼうしゅ)と出合うたびに、昔の記憶が鮮明に蘇える。先日も葉巻き状の大葉擬宝珠の新芽を採って帰り、鰊と合わせて真似てみた。今はもう居ないあのオバサンのようにはうまく行かなかったけれど、すこしぬめりほんのり苦い擬宝珠の爽やかさは、充分に味わえた。

■今時は街のスーパーの野菜売場でも採れるらしいが、擬宝珠の類はわりと何処にでも生えるものだから、天然で只のやつを自分で採取した方がよい。さっと茹で、お浸しあるいは白和え・辛子和えにして食するもよし。袴の部分も捨てずに、それだけを集めて別に調理する。夏に咲く薄紫の花も天麩羅や酢のものにして愉しめる。

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