266


外国映画の中の食事風景は、いつも魅力的だ。映画監督は、どうしてあんなにおいしそうに、すてきな食事のシーンを撮れるのだろう? 食卓の様子も、テーブルはじめ家具やインテリアも、庭の様子も、登場人物の服装も、その環境にピッタリはまって
いる。

「ウンブリアのわが家」("My House in Umbria"日本の題名は「美しきイタリア、私の家」で意味が薄れている)では、古い屋敷のテラスの長いテーブル、すぐ脇には庭の草や木々が茂るなか、女主人やお客がワインでランチを楽しんでいた。「ネロ・ウルフ」のミステリーシリーズでは、グルメのネロの食卓風景が抜群だ。シェフのフリッツは、毎食凝った料理を出し、銀の燭台のある大きな食堂で、ネロとアシスタントのアーチーがおいしそうに食べる。

ずっと前のシリーズもののFBIの「マンクーゾ」では、イタリー系で料理上手の独身者らしく、トマトを煮て、スパゲッティのソースをつくっていた。ケヴィン・スペイシーの「真夜中のサバナ」は、彼が南部の金持ち役で、家で開くビュフェ・パーティのテーブルが、白い花と緑の大きな葉をテーブルに這うように飾り、シンプルでぜいたくな料理の同じ大皿が繰り返し出てくるのに、目を奪われた。

CS放送でときどきやる、「月の輝く夜に」("Moonstruck")は、私の大好きな映画。イタリー系アメリカンの家庭のラヴコメディで、シェールの相手役のニコラス・ケイジがとても若い。ブルックリンのイーストリヴァー沿いに建つ、三階建てアパートメントがカストリーニ一家の住まいで、食事風景がたびたび出てくる。朝ロレッタ(シェール)がキッチンに降りていくと、母親が朝食をつくっている。厚手のフライパンに大切りのフランスパンを置いて焼いているのだが、輪切りのパンの真ん中に穴をあけて、卵を割り込み、フライドエッグ入りグリルドトーストにしているじゃないか。

「あの大きさは、バゲットじゃないわね。カンパーニュみたいな大きなイタリーのパンをカットしたんじゃない?」
「おいしそうだけど、ハイカロリー!」と敬遠。

家族第一のイタリー系らしく、大きなテーブルに親族揃ってついている食事風景もある。サーヴィスプレートに載っているのは、レタスらしい緑の葉と狐色に焼いたチキンレッグらしい。大皿を廻して、サーヴァー(大きなスプーンとフォーク)で好きなだけとるのが、西洋の家庭の習慣だ。インターネットの書き込みに、「この家庭では料理は大皿から取るらしい」とあったのがおかしかった。日本の家庭で一般的な、台所で各自のお皿に料理を盛りつけて出すのと違うのが、珍しかったのだろう。

そういう発見があるから、外国映画はおもしろい。文章で読んでもピンとこないことが、画面で見れば、ひと目でするりと理解される。国によるライフスタイルが大きく違うのは、食事の仕方ではないかと思う。外国映画の食事風景がすてきなのは、脚本家から演出まで、スタッフの能力に厚みがあるからだが、もっと基本的には、彼らはお金持ちでも、一人暮らしでも、私生活と家での食事を大事にして、各自のライフスタイルにあった食卓をととのえて、ていねいに食事をする。日本でよくある、家では実用一点張りの食事をそそくさとすませ、外で食べるときだけハレの場みたいにしゃれこむのと対照的だ。日本は戦後やっと、台所が家の北側から南側に進出したけど、家庭を第一に据える習慣は、残念だが育っていない。日本人の観念の中では私生活より、会社や学校など「外」がより重要なのだ。家庭の食事は事実上、まだ「北側」に置かれている。

エルキュール・ポワロのTV映画で面白かったのが、妻が不在のジャップ警部に、ポワロのアパートメントで夕食を食べるようにすすめるシーンだ。一晩はポワロが、別の日はミス・レモンがつくるのだが、ジャップ警部は目をむいて、食べられない。ミス・レモンは、白身のお魚とにんじんと何かの野菜をちょっぴりずつ、銀の大きなトレイに人数分、放射状に飾って出す。ポワロは凝ったフランス料理だった。次にお礼だよ、とジャップがポワロを家に招くと、グチャっと大きな挽肉料理とグリーンピースとマッシュド・ポテトがお皿に山盛り。困ったポワロの「チーズはない?」に冷蔵庫から出されたのは、チーズトレイに載った干涸びたチーズだった。


毎日の食事をすてきにするのはセッティング次第


コメディアンのジャック・レモン(フェリックス)とウォルター・マッソー(オスカー)のコンビは、見るたびに笑って笑って、人生のすばらしさを感じる映画で、彼らの「おかしな二人」("Odd Couple")は、シニア独身男のまったく対照的なキャラクターが見所だ。オスカーはおおざっぱ、フェリックスはこまかく気がつく。友達がポーカーに興じるテーブルに、オスカーが出すサンドゥィッチは、冷蔵庫からいい加減に取り出してパンの間にはさんだ、緑色のと、茶色の二種類、いったいどんなパンに何をはさんだのやら。フェリックスはていねいに、男女シニアの間を廻って、「あ、このサンドゥィッチは冷えてる、トーストしてあげよう」「あなたのパイにはアイスクリームを載せよう」とお客ごとにきめ細かくて、みんなをよろこばせる。

ミステリーのシリーズものの「ウェクスフォード警部」で面白かったのが、彼が自宅のキッチンで、出された料理を手つかずに席を立つと、娘がお皿をとって、流しの下の戸棚を開け、ゴミバケツにポイ、と捨てる場面。日本だったら、とっておくだろうに。

何度もでてきて、習慣のちがいかな、とふしぎに思うのは、卵を割る場面だ。私たちは、卵の殻は、たいてい流しにポンと捨てる。アメリカ映画では、卵を割る役がたまたま友達だと「殻はどこに?」と家人に訊く。「戸棚の中よ」と言われて、カウンターの上の高い戸棚を開けて、殻をそこの何かに入れる様子を、最近続けて二度見ている。殻専用のボウルでもあるみたいだ。ディスポーザーに投げこむならわかるけど、これは流しに設置されているから、戸棚に入れるはずがない。卵のパックに戻すシーンを見たこともある。フシギですね。


.
.


Copyright (C) 2002-2005 idea.co. All rights reserved.