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塩は、空気、水と並んで人間が生存するために不可欠な物質です。貴重で重要であるがゆえに、権力者たちは、塩を財政政策の中に取り入れました。塩はいのちの味であると同時に権力の味でもありました。中国では漢の時代、塩を専売にして莫大な富を築き、エチオピアなどでは、近年まで税金の取立てを塩で行い、ローマ帝国では、軍人、役人の給料は塩で支給されていました。日本で給与のことをサラリーと言うのは、ここから来ているのはご存知だと思います。日本でも江戸時代に、塩を生産していた藩では、塩を専売にして財政の柱にしていたところが沢山ありました。 


日本政府は明治二十八年(一九〇五)、日露戦争が始まった翌年に「塩専売法」を施行しました。その第一の目的は戦費の調達でした。
この頃から、塩の品質について、海水からいかに純度の高い塩化ナトリウムを取り出すかという方向になり、塩化ナトリウムの純度がどんどん上っていったのです。国は塩業者から仕入れる塩のランク付けを図り、塩化ナトリウムの純度で等級をつけ、純度の高い塩ほど高く仕入れました。
戦後、食料塩の低価格、安定供給の方針に合わせ、電力を用いた「流下式」といわれる製塩法が登場し、生産効率は今まで行われていた入浜式の約三倍になりました。
ところが昭和四十六年、日本の塩の歴史上で最大の変革が突然に行われました。「塩業近代化臨時措置法」が国会で可決され、日本のすべての塩田が廃止されたのです。そして「イオン交換膜法」といわれる全く新しい製塩法が登場したのです。
これは、イオン交換膜を使った化学製塩装置で、海水に電流を流しナトリウムイオンと塩素イオンを分離する方法で、政府が目指していた塩の高純度化の目標である塩化ナトリウム一〇〇%近い塩が出来上がったのです。確かにこの方法は、天候にも左右されず、スペースも要らず、低コストで大量生産が出来、食用の塩に比べ何倍もの量の塩が工業資源用として必要とされた大量生産時代にはうってつけの製法でした。
ところが、この化学塩ともいえる塩は、食用としては基本的で重大な欠陥がありました。
今まで作られていた自然塩には人間の健康に欠かせない多くのミネラルが含まれていましたが、この化学塩からは、これらのミネラルがすべて不要物として除去されてしまっていたのです。


沖縄では、昔から「塩は沖縄の文化」といわれるほど自然塩が生活に深くかかわっていました。自然塩を使えなくなり化学塩を使ううち、様々な異変が発生し始めました。中でも沖縄特産の小魚の塩漬け(スクガラス)が腐り始め、大きな騒ぎになりました。検査の結果、化学塩の使用が原因だと判りました。さらに、健康への害も取りざたされ始めたため、各地で製塩業者などによる自然塩復活を求める運動が活発になり、その中心となったのが、立命館大学で物理学を学んだ故・谷 克彦氏(当時三十六歳)でした。谷氏は、自然食研究の団体からイオン交換塩の調査を依頼され、重大な問題があることを知り「国民の深刻な健康問題」だとして自然塩復活運動に立ち上がったのでした。
大阪府立大学名誉教授だった故・武者宗一郎氏と協力して、全国を精力的に運動して回り、何度も政府に働きかけました。また昭和四十九年には、武者氏、四国女子大学教授で医学博士・平島裕正氏、料理研究家・辻 義一氏などと共に、「専売塩で日本民族は滅びるのか」と題してシンポジウムを行いました。これらの運動により、輸入原塩の使用と研究用を条件に、原塩に「にがり」を添加した再製塩の生産を国に認めさせたのです。
その後、谷氏は沖縄の現状を知り、沖縄の塩・シママース復活のために来沖しました。当時、体調不良などから自然食品を学び、塩に興味を抱いていた私は、その時初めて谷氏と出会ったのです。それは、私の人生を決定するものとなりました。
恩納村、読谷村で行われた塩づくりワークキャンプで立体式塩田や揚浜式塩田の実験を繰り返し、塩作りの研究を続けました。谷氏と研究・実験する中で、海水のミネラル分がバランスよく馴染んだ塩が理想の塩であることを知りましたが、実際に作ることは難しく、失敗の連続でした。  

揚浜式塩田で。谷氏(写真奥)と筆者


一年後、谷氏は伊豆大島に渡り、塩の研究を続け、私も生業のタイル職人の傍ら塩の研究を続けていました。そしてある日、谷氏の訃報を手にして大きなショックを受けましたが、同時に理想の塩を作るのは私の運命ではないかと、恩師・谷氏の遺した言葉「いのちは海から」を胸に研究を続ける決心をしたのです。
そして、研究に取り組み始めて二十一年目に「粟國の塩」が完成しました。谷氏の自然塩復活運動が無ければ、そして谷氏との出会いが無ければ「粟國の塩」の誕生も無かったでしょう。
次号では、その「粟國の塩」誕生のお話をしたいと思います。


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