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「うーん、いい匂い! まぜたのはセージ?」
「フレッシュ・バジルってほんとにおいしい」
こんな会話が食事どき飛ぶようになって何年かしら? 日本の食卓は、外国原産のハーブがラクに買えるようになって、とてもゆたかになった。
ハーブってフシギだと思いませんか? 少しまえまでハーブといえば、伝来の和風ハーブだけ。しそ、あさつき、木の芽ぐらいで、ほかに野菜で風味を添えるものが、ショウガや茗荷やネギだった。
でもいまちょっとしゃれたお料理、ことにフランス料理や地中海料理をつくろうとしたら、さまざまなハーブが必要だ。どんなに味が違うかって? その例が次のお話です。
夏になると、トマトの肉詰め料理が家庭に登場する。大きめのトマトを上三分の一ほどカットし、中をくり抜いて、挽肉を詰め、オーヴンで焼くか、お鍋で蒸し煮にする、誰もが好きな夏料理だ。それが、昨日つくったのは、
「こんなおいしいのは初めて!」と絶賛の嵐になった。
ナゾは、ハーブにあった。いつもと違う、新しいレセピを使ったせいだ。パトリス・ジュリアンの『お鍋でフランス料理』にある、トマト・ファルシー。farcieは farcir〈詰める〉の形容詞で、詰め物。この数年、彼のプロヴァンス料理はうちの食卓を彩ってくれてるのだが、なぜかトマトの肉詰めは、子供時代から知っているから、わざわざ見なかったのだ。ところが、なんと、ハラリと開いたページを見たら、すごい! いろんなハーブを使って、複雑なハーモニーを出すレセピだ。
「これ、おいしそう」 チャレンジしなけりゃ。今日は時間があるもン、と私はニコニコ。午後早めにとりかかった。使うのは、ブタ挽肉とボンレスハム数枚。ブタ挽きは手持ちがない。ま、いいや、オーストラリア産のターキー・グラウンドを使おう。ターキーは日本では馴染みがないけど、ロウカロリーで味もとてもいい。ボンレスハムはちょうど最後のカットがある。両方で約四百グラム。
入れるハーブがすごい。エシャロット三、ガーリック四片、パセリ、チャーヴィル、あさつきのみじん。これは順次、肉と一緒に火を通す。ほかにナットメッグ、シナモン、ペッパー、クローヴもいる。後者は乳鉢で砕いてまぜた。肉には水に浸けてやわらくしたバゲットも入れる。あとは、いい塩とエクストラヴァージン・オリーブオイル。ル・クルーゼの厚くて重いお鍋に肉を詰めたトマトを並べ、オリーヴオイルたっぷりに、ごく少量の水を入れて、二十五分蒸し煮にした。時間が来て、蓋を開けたら、
「いい匂い!」
アロマティックな香りに、舌も心もとろける。いつもは一つで充分という娘が、ぺろりと二つ平らげた。
「ママ、大好き! またつくって」ゴロニャンとすり寄った。


帆船時代からジェノヴァで愛されたバジルのパスタ


ハーブのある食卓はうれしいけれど、値段が高いのが悩みの種。いろんな種類を持っていないとお料理ができないのに、じき傷むから困る。おまけにうちは日当たりがわるいから、庭でハーブをつくることができない。セージやタイム、バジルやローズマリー、タラゴンなど、みんな店で買うことになる。
セージやタラゴンは匂いに特徴があって、慣れないとダメな人もいる。タラゴンをきざんでコッテージチーズに混ぜ、塩とエクストラヴァージン・オリーヴオイルを加え、キュウリのスライスを加えると、とてもおいしいサラダになる。でもパーティに出してみたら、これだけ残ったから、匂いが強すぎたのかも。
バジルは誰もが好きなハーブ。私もスープにいれ、パスタやオムレツにいれ、これなしでは一日もすまないほど。ズッキーニをバジルで香りづけしたクリーミイなスープがイタリー料理にある。ズッキーニはポテトや玉ねぎと一緒にオリーヴオイルでいため、チキンストックで煮て、やわらかくなったらバミックスで砕き、たっぷりのバジル、ガーリック、全卵を加えて火を通し、バターを落とす。最後にカリッとしたパンを一切れ浮かべてサーヴする。イタリー人はスープ好きだが、これはかなり濃厚な食べるスープだ。
イタリーと日本は、さまざまな麺類を持ち、誰もが麺好きな国という点で、共通してるけど、ひとつ大きな違いは、イタリー人は、インスタントパスタは絶対に製造しない。生を自分でつくるほど凝らなくても、少なくとも麺は必ず自分で茹でるもの、という姿勢がいい。「マリオの料理」に、バジルのペーストで和えるパスタがある。バジルがたっぷり手にはいったとき作った。ジェノヴァ風ペーストと勝手に名付けたのは、帆船時代、春から夏にかけて船乗りがジェノヴァの港に帰ってくると、丘一面に生えたバジルが海上まで匂って、故郷だ! と感動したと、このレセピに書いてあったから。
バジルを手でざっと千切り、ガーリック数片と松の実一カップと一緒にし、潰してつくるペーストだ。大きめのすり鉢とすりこぎでゴシゴシやるといい。オリーヴオイルはエクストラヴァージンを一カップ。パルミジ
ャーノ(パルメザンチーズ)も一カップ。すべてよく摺って混ぜる。タリアテッレをアルデンテに茹でて、器にあけ、ペーストを混ぜる。単純なだけ、バジル好きには感激的においしい。
日本人の目には、松の実とパルミジャーノとオリーヴオイルの多さにたじろぐけれど、やってみるとケロリと使いこなしてしまう。イタリー料理に限らず、プロヴァンス料理でも松の実はずいぶん使われていて、どんな松から採るのか気になる。日本の小さな松ぼっくりでなく、向こうのは巨大だから、ああいう松から採れる実なのかしら?
日本もハーブの生きる時代だ。ハーブがお料理を抜群においしくするのは、おしゃれと同じで、どれとどれが合うか、組み合わせの繊細さとセンスのよさが、効果を足し算でなく、掛け算のように倍増するからだ。


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