No.226







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●ことさら思い出深い逸話があるわけでもないのだが、幼いころに年明けて食べた素朴な江戸の味(仄かな山椒の薫り)が恋しくなって、暮に東京・日本橋まで出向いた折に、久々に〈切山椒〉を買って帰った。友人への手土産に〈玉だれ〉や〈切山椒〉を何度か持参したことはあるのだが、自分自身は久しく口にしてなかった。切山椒との繋りで言うならば、「酉の市」だって、もうずいぶん長いこと冷やかしに行ってない。山賊になったのだから、街暮らしのことに疎いのも当たりまえである。序でに言うなら、感覚的にも、世の流れからすっかり置いてきぼりを食わされてしまった。

▲新年最初の「綴り方」がなかなか手に付かず、半端な時間だけど「景気付けに」と、酒の燗をつけた。酒の菜は“根深”である。炭火に餅焼網をのせ、一寸五分(古いね)に切った太いやつを転がしていった。ちょいと下地をつけて縦に銜えたら、中心部が滑ってトンと喉を突いた。いわゆる“鉄砲”というやつだ。昔、祖父が昼日中、こんな風に独り酒をやっていたのを思い出した。

■葱を焼き終えた網の上に、切り餅を二つ並べた。儂の好みではないが、餅に焦げめがつかぬように焼くのが我が家伝来のやり方である。焼き餅を茶漬け碗に入れ、下地を垂らし、柚子の皮を一欠けのせ、それからお茶をぶっかけて食した。幼いころに「こんな食べ方もあるんだよ」と父が作ってくれたのを真似た。「綴り方」の方はこの日はもう諦めることにした。葱鉄砲を食らったせいか、何だか矢鱈に目の前を鴨の肉がちらつきはじめた。今宵のメインは鴨鍋と決めた。今からその材料を仕入れに出掛ける。

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