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「来週末頃、入院するのよ」極楽トンボから電話だ。
「なんで?」元気オトコだから、驚いた。
「たいしたことないけど体の湿疹が治らなくて。入院したほうが原因も探れるんだって」
「お見舞いにいくわ。食べ物はなんでもいいの?」
「うん、何でもいいのよ」

入院は夏に一人、彼で二人目。どっちも仲良しの男で、三つ年上。にわかに「見舞い忙し」になった。彼の前には、九十一歳の女性が、心臓で救急入院し、そのお見舞いに行ったばかりだ。いやいや、もう一つあった。九月に年下のいとこが転んで入院した。十一月にはハワイから来た親友が、宿と荷物と紛失物の世話で目が離せず、彼女も入院患者並みの手数だった。五ケ月に五人! こんな経験は初めてだ。
「これって、高齢社会じゃない?」アミが言った。
「ほんとに、そう! 昔はみんな、おじちゃまやおばちゃま、上の世代だったのに」

考えたら、いまはごく年齢の近い友達が入院する。
入院といえば、お見舞いだ。でもこれがなかなかむずかしい。夏に入院したハカセは、退院したあと、妻が病気なので独身用の高齢者マンションに戻った。
「何してるの?」メイルで訊くと「ギリシャ語でオデッセイアを読んでる」という。入院中はギリシャ語の文法の本を読んで気を紛らせていた。再度メイルで連絡がはいったのは、夏休みの軽井沢。
「何か食べやすいニクがあるといいな。息子は会社だし、女房も加減がわるいし。ここは食事は出るけど、夜中に急に食べたくなるのよ」
「デリカテッセンの生ハムやソーセージを送るわ。スライスしてあるのがいいわね? 自分で切るのは面倒でしょ」
「そうしてくださる? 切ったり、茹でたりは困るから」
デリに注文し、百グラムずつの真空パックにしてもらって、うちからクール便で出した。彼は学者で世知にうといから、デジカメの写真に解説をつけて同封した。「Aが生ハム、Bがハンティングソーセージ、Cは薫製のチキン、Dはきゅうりのピクルス――野菜不足を補って」という風に。

クロネコを出しながら、思った。パパは九十六歳になっても、いろんなことを自分でやったのに、七十代でお湯も沸かせない男って何なのだろう?
「自分でできる」高齢者はハッピーだ。日本の多くの男性は生活無能力者すぎる。これも文化的に男と女をわけてきた結果、夫が妻に何もかも依存してきた結果だ。私は親しい彼にお見舞いを送りつつ、背中を冷たい風が吹き抜けたように感じた。


手持ちの品でコンフォート・パッケージ


ハカセと同い年の極楽トンボは、独身でなんでも自分でやってきて、お料理も得意、気軽なオトコ。はいると早々に病院から電話をかけてきた。 
「薬を塗って包帯ぐるぐる巻き。包帯替えるたびにお風呂にはいって、また包帯」
「明日、行くわ。アミと二人でコンフォート・パッケージ持ってくわ」 

うちの言い草の「ネコの小さなアタマ」をしぼった。楽しんで食べられるもの。おいしいお茶や果物、軽い読み物はマスト・アイテムだ。何よりも金額でなく、相手のライフスタイルにあったものを選ぶこと。それがお見舞いの基本的なコンセプトだ。
「病院て気が滅入るじゃない? いちどにたくさんでなく、ちょこちょこお楽しみ≠ェいくのがいいのよ」
「お料理ができても男暮らしで、子供は息子だから、気が回らなそうね」
「相部屋はお花はダメよ。置く場所がないもの」
「昨日のパーティのお料理を持っていこう!」
それは彼もくるはずだった十五人ほどの集まりだったから、渡りに船とはこのこと。ロンドンブロイルやイタリアントマト、キノコのフラン。病院食は野菜が足りないから、無農薬のリンゴも。ペーパーナプキンや木の使い捨てスプーンやフォーク。小さなクッキーやドイツのカモミールティ。軽い読み物として「味の味」とANAの「翼の王国」。

「小さなかわいいクマでも入れたいな。楽しくなるでしょ」アミが言った。
「アミューズね、わかるわ。でも、大の男は興味ないわよ。ゲットウェルカードを入れれば」
愛猫ヘレンのデジカメ写真のカレンダーも添えた。楽しいし、書き込みもできる。
こうして数週間、お見舞い行きとコンフォート・パッケージ送りで大忙し。こういうのに欠かせないのが、アミューズになるかわいいカードやゲームだ。アメリカン・ファーマシーで見つけた、手に持って傾け、小さな穴にお米粒を入れるハガキ半分サイズのゲーム。ヴェトナムの農民の絵が愉快だ。重病でない親しい人へのお見舞いは気楽だ。

お見舞いで眉をひそめる人は、品選びの面倒と、余計な出費で頭がいたいから。形式的にととのった品物にすると、すぐ五、六千円。でもそこを親身に考えて、相手の家庭の実情に合わせた品を選べば、選ぶのも楽しくなるし、もらった方も気楽だろう。お見舞いは相手への温かな心で、金額ではない。見栄を張らずに真心を示すことだ。

いとこの家では奥さんが、
「私の父も倒れていて、病院二軒でたいへん。
彼は『ぼくはどうでもいいよ、リハビリだけだから大丈夫』なんていうけど、実は注文が多いの」
「男って、たいていそうね。お疲れのないように」
ご本人は病院にまかせ、妻のコンフォートを考えて、私は日比谷の松本楼のカレーやハヤシライスのレトルト、野田岩の冷凍のうなぎを高島屋から送った。どっちも東京人の好みの品だ。病院から疲れて帰ったら、温めるだけの食事でほっとするだろう。
九十一歳の女性のお見舞いは、心臓でICU扱いでは何がいいか、それこそわからないから、家族に寸志を渡すことと、お茶のボトル、きれいな模様のタオルと洗濯ばさみ(水を飲むときのエプロンになる)を持って、飛んでいった。もう部屋に移っていて、しっかりした様子を見てほっとした。


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