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私はちんまりした濃い緑色のカボチャを前に頭をひねっていた。目の前にはレセピを自分風に整理して書き出したカードと、お料理の本が何冊もある。
「どうやったらおいしく食べられるのかな?」
カボチャは、うちのメニュにめったに登場しない野菜なのだ。私たちは数日間のメニュを頭に描いて、材料を買う。およそ一週間をメドに、いりそうな野菜や肉類をストックしておく。ところが、突然の飛び込みがある。

いきなり宅配でやってきて「食べて! 食べて!」と叫ぶ素材たちだ。今日はこのカボチャ。なぜか「みなみちゃん」という名前もある。栃木県の生産者のフルネームが貼ってある。三百五十円という値段も。
「とてもおいしいのよ」それを送ってきた友達のルリはメイルをくれた。「江戸崎かぼちゃはおいしくて有名だけど、料亭専用で手にはいらないし、一個千円もするの。でもこれは安くて、しかもおいしいから、ついでに送るわ」。
ついでというのは、最近、金継ぎの技法を教わったから、何かあればやってあげるわ、というメイルをもらって、私は古い六兵衛の向付のチップしたのを頼んであった。できあがった金継ぎのお相伴で、カボチャが現れたのだ。
彼女は、自分のカボチャ料理をヒントとして書き添えてきた。おいしいモノ好きのマメ女なのだ。

○素朴な甘辛煮付け(めんつゆを使う)
○黄色のポタージュ(冷温いずれもOK、玉ねぎを少々加えた方がいい)
○チンしてつぶし、油炒め鶏挽き肉とスライスオニオンのマヨネーズ和え、チヤイブみじん切り
○パーテイ用にはくりぬいて下味つきミンチ詰めオーブン焼き
――とても全部は書き切れない。

「ルリはよくやるなー」私も知識をかき集めた。「ママがよくやったのはカボチャの肉詰め。緑の皮を残してスライスしたのをバター炒めしたのも、おいしかった」
カボチャの肉詰めは、私も子供が小さい頃、ママをまねて、夏休みの手抜き料理でよくやった。中をくりぬいて、ビーフの挽肉を入れ、ビーフブイヨンで煮るスープ料理だ。でもいま、小型とはいえカボチャ丸々は食べ切れない。冷蔵庫は年中はちきれそう、この上、カボチャの残りを入れる? ノー!
パンプキン・パイはハロウィーンのときつくったことがあるけど、あまりおいしいものじゃない。
「あれ、いつまでもあって、食べるのに苦労した」
アミがいま思い出して言った。

「カボチャのクリームスープ」――これにしよう。カードは三種類あったけど、どれも大同小異で、カボチャはあまりファンシーな野菜じゃないことがわかる。リーガロイヤルのがいちばんおいしそう、しかも簡単だ。玉ネギをスライスしていため、倍量のカボチャのスライスを加えていため、チキンブイヨンで煮てから、バミックスでなめらかにして、クリームを加える。クッキングは三十分でも、その前に、ドーヴァー海峡を泳いで渡るほどの難関がある。

カボチャを切ることだ。スイカは図体が大きくても簡単に切れる。カボチャは小粒でも、クツのカカトみたいに固い! 緑の皮もまるでヨロイだ。少しずつ、皮を包丁でそぎ取るしかない。
ヒーヒー言ってたら、アミが「ラップしてチンすれはいいんじゃない?」と言った。なるほど、残りはすぐグニュっとしてらくに皮がとれた。でもそのグニュぶりが頼りなく、電子レンジはどうも好きになれない。

クリームスープはホットで飲んで、冷やしても飲んだ。クリームは植物性でなく本物がいい。倉敷ガラスの小谷慎三さんのボウルや、ちょっぴりのときは彼のグラスで飲んで、うっとり晩夏を楽しんだ。

カボチャの変身ーーオレンジ色のスープへの道


カボチャで格闘していたら、またクロネコがやってきた。群馬のトウモロコシ。アミの知人の夏のハローだ。「キョーフ、トウモロコシ!」叫んだのは、すぐ食べなければ味が落ちるから。トウモロコシを煮立った大鍋に入れて蓋をし、火を止めて三分待つ間、どこに分けるか? アミとアタマをめぐらした。自然の味を楽しんでくれるひとでなくちゃ。 

「オーシャンプレスのノリちゃんは? それとルヴァン、パン焼き窯もあるし」
「それ、それ! ノリちゃんはセンスいいから、おいしく楽しんでくれるわ」
茹だった熱いのを、私は黄色いトウモロコシ六本を型どった陶器のお皿に載せた。たぶんイタリーの品だ。夏と太陽を楽しむ国の陽気なデザイン。
「このまま、バターで食べよう!」
エシレの醗酵バターをたっぷりのせて、かぶりついた。ジューシイなとうもろこしとバターのとろとろ。あー、夏の味だ。

今年は、軽井沢でもトウモロコシを食べなかった。トウモロコシは浅間の裾の農村でたくさんとれるというのに。ゴミをクルマに載せて自分で捨てに行く軽井沢では、嵩高いゴミのでるものは食べられない! トウモロコシは、太い芯以外に緑の皮とヒゲのおまけつきだもの。
「むかし軽井沢で紫色の粒のまじったトウモロコシ食べたわね」アミが言った。
「しっかり固めで、おいしかったわ。この頃のって、少し甘すぎ、やわらかすぎるんじゃない?」

たしかに、いまトウモロコシはみんな同じ顔で、そろいの制服を着た兵隊みたいだ。「売れ筋」商品をそろえる力が、農業にも働くのかしら?
「丸梅の女将さんは、トウモロコシは蒸すって言ってたわね」少しおちつくとアミが言った。
「しかたないわ。私もそう思ったけど、手間がかかるから」と私。
やがて、オーシャンプレスからメイルがきた。
「トウモロコシおいしかったです。私は外皮つきで電子レンジで二分蒸しました」
なるほど! これなら水っぽくならない。のこった一本を皮のついたままチンしたら、とてもいい。電子レンジも使いようだ。


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