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うちにくるクロネコのお兄さんたちは、三人ほどが一組である。エリアごとに持ち分がきまっているから、お散歩で「川向こう」――環状六号の向こう側をこう呼ぶのは、クルマで大河の流れみたいだから――に行ったとき出会うクロネコは、別のエリアで担当がちがう。しばらく見なかったヴェテランが、うちへ久々に現れたので、
「久しぶりね!」とねぎらったら、
「松濤を担当してたんで」という。
「あそこはお歳暮が多いんで、ぼくが専属で回ってるんです」
さすが、東京一の金持ちエリアはちがう。

お歳暮、お中元がたくさん来る家庭は、たくさん出す家庭でもある。夏、高島屋の野田岩で、冷凍の蒲焼きを三つ、独り暮らしのシニアのおうちへ出したら、すぐ脇に発砲スチロールの小ぶりな箱が十個、発送用に包装して積んである。
「十軒も出すのね。すごいなあ」驚いたら、
「一箱に十枚入ります」
なんと、小さくても一箱一万円のお中元だった。

暮にはお遣いものが都内を飛び交うわけだから、クロネコは超多忙だ。
こういう時期を繁忙期と呼ぶわけだけれど、思うに、これも時期がひろがって濃さは薄められたのじゃないか? つまり、諸事、時期が早くなっているのだ。
以前はお中元は七月に入ってから、お歳暮は十二月になってから、ときまっていた。いまは何でも早くなって、私も十月に入るとリストをつくり、早めに下見をして品物を選び、十一月中に送り出してしまう。アメリカも年々早くなって、以前はサンクスギヴィング(十一月の第四木曜)が終わるまで、街にクリスマス・デコレーションはされなかったのに、いまは七面鳥もサンタクロースも混在だ。

私の家では、クリスマスが主体だから、お歳暮で一年のけじめにするより、ハロー、サンキューの感覚で、クリスマスらしい儀礼的でない品を選ぶ。パッケージを開けるときの楽しさは、クリスマスだ。のし紙より、リボンの感覚。門松やお鏡餅より、ヒイラギ、モミの木、キャンドルの世界がロマンティックで好き。お年玉というものも、私は子供時代から知らないし、私が親になってからも、子供や周りのチルドレンに一度もしたことがない。子供にお金を渡す感覚も好きでないし、プレゼントを選ぶセンスと、喜ぶセンスを養ってほしいから。

時代を受けて、デパートも早々と年末商戦に入る。高島屋で驚いたのは、十月半ばに行ったら、もうおせちの予約を受け付けていて、十一月初めには、高い順から売り切れていたことだ。何十万円というのが完売というから驚きだ。



アジアンタムも猫にプレゼント、葉っぱ大好き



十二月は好き、一月はちょっぴり好きさが落ちる。十二月はホリデイの楽しみが控えているけど、一月は休みが終わる月で、その先には憂鬱な二月が控えている。二月の救いは短いことだ。暦をつくった人は賢い。

メリー・クリスマス、ハッピー・ホリデイというなら、中身もそれらしくなくちゃ。用事を減らし、プライヴェートライフを充実させる。自分のためのくつろぎ時間を増やすこと。好きな音楽のCD、好きなミステリーを買い込み、おいしい食べ物――パスカル・カフェのチョコレート、ルヴァンのパンにエシレのバター、開新堂のお菓子、シャンパンをそろえる。
クリスマスのギフトは、早めに戴いても、自分たち用のも、居間の隅に積み上げて、クリスマスの朝、開けるのを心待ちにする。戴いたとき包みを開けても、食べ物でなければまた包んで、クリスマスの朝のお楽しみにとっておく。

うちのネコたちにもプレゼントがある。専用のネズミ模様のクツシタに、ピンポンボールがたくさん詰めてあるのは、ボール追っかけが大好きだから。このクツシタは、NYマディソン街の小粋なデリ、E・A・Tの隣の子供用品の店で見つけた。マタタビを入れて編んだ毛糸のボールもある。ピンポン玉は、この頃は探すのが一苦労。運動具店のは競技用で高い。街のおもちゃ屋はいまは減る一方で、広尾の商店街で一軒見つけ、そこでやっと買いこんだ。

「この間、予約しといたピンポン玉ちょうだい」
「えーと、予約?」不審そう。
「男のひとよ。あなたじゃなかった?」 
「あ、弟でしょう。ぼくたち、三人兄弟なんです」
ピンポンボールみたいに、そっくりの兄弟だった。
十二月に入ると、娘と相談が始まる。
「今年のクリスマス・ディナーはどうする?」 
「ステーキ? ロースト・チキンのロブション風?」
これは、皮と肉の間に、オリーヴオイルに浸けたフラット(イタリアン)パセリをたっぷり入れて焼く。

クリスマスのシャンパンはいいのにしなくちゃと、しなのやでモエ・エ・シャンドンを奮発した日、ヴーヴ・クリコが来てショック!
「いいじゃないの。お正月用にすれば」
日本は生鮮食品の市場が四日まで開かないから、ストックを考えなくちゃ。デパートが二日から開いても、買いに出るなんて野暮。そもそも暮も、忙しくならない工夫がいる。ギフトは早く出す、クリスマスカードも早めに(これだけは遅くなってしまう)、年賀状は出さない。おせちは数年凝ったけれど、いまはやめた。
「今年は年越し蕎麦もやめない?」
これも年々早くなって、並木の薮には、十二月早めに行ってしまう。そして、
「代わりに開新堂のオードヴルにしましょ」

うちでのんびりする材料は、クマの冬ごもり気分でいく。世間のしきたりと関係なく、好きなものだけ。スモークド・サーモン、自分で焼く肉のパイ、鴨やターキー。友人から送られた手作りのフルーツケーキとパウンドケーキ。あとのお菓子は自分で焼こう。ロブションやラルースや、いろんな本を眺めて試案中。ネコたちのごちそうは、ステーキの端っことイクラだ。


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