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ある夏の軽井沢。朝の食卓に泊まり客の男性がひとり。夏の避暑地は、気軽に訪れるひとが多い。特にご馳走はしないから、朝ご飯はいつもどおりだ。

「あれ? ウニをトーストに塗るの? こんな食べ方があるの?」
「あら?」私も驚いた。「いつもこうしてるけど?」

ウニは熱いご飯にのせるのが普通かもしれない。でも瓶詰めのウニは、バターが金色に溶けたトーストに塗って食べると、仄かな苦味ですごくおいしい。

イクラも、ご飯に載せて海苔を振るのが通例だけど、湿った素材をこれも湿ったご飯に載せるより、かりっとしたトーストに載せるほうが爽やかだ。ときには、クレープを小さく焼いて、サワークリームを置き、そこにイクラを載せてオードヴルにする。

そんな風で、うちの食卓は、材料の扱い方が普通とちがうみたいだ。お魚や野菜や湯葉など、和食に凝った時代があるのに、最近は洋風にして食べることが圧倒的に多い。このほうがヴァラエティに富んでいて、ウキウキと食べられる。和食が「しずしず」なら、洋風はからだが自然に踊り出す風。といっても、別にやたら凝るわけじゃなく、たいていシンプルなプロヴァンス風か、イタリー風だ。

たとえばお魚は網で塩焼きにするより、少量のオリーヴオイルでテフロンのフライパンで焼く。とてもきれいに焼けて、おいしく、超簡単だ。これは大好きな皮を破らず焼いて食べようとして始まった。魚を焼き網で皮ごと上手に焼くのはむずかしい!

日本は海に囲まれた国。魚が食卓に載る機会が多いはずなのに、お魚の皮を食べないひとが多いのがフシギだ。もったいない! 娘がある会のあと、十人で小料理屋のランチを食べたときのこと。
「ブリの焼いたのが出たけど、身はぱさぱさ。皮と血合いの方がよっぽどおいしいのに、半数は皮を食べないのよ。『なぜ残すの? 皮のほうがおいしいのに』って言ったら、みんな試して『初めてだわ、皮っておいしいのね』ですって!」

「皮食べない癖」は、皮は下品だという気取りかも? でもそれじゃ、最高の部分を捨てることだ。ハワイに行って海で遊ばずに帰るのと同じだ。うちの「和の洋風化」は、「魚の皮好き」から始まったと言ってよさそうだ。

オリーヴオイル&テフロンのコンビは、私たちの最強の味方になった。ラクなだけじゃない、「和魚洋風」は最高においしいのだ。お正月に金沢のつる家さんからくる、すばらしい柳カレイの一夜干しも、エクストラヴァージン・オリーヴオイルでさっと焼くと、金色の人魚姫みたいに美しく上がり、縁側もパリっと食べられる。

「つる家さん、聞いたら呆れるかしら?」
と、ちょっとビクビクだけれど。

高島屋の京都展に錦小路の「津乃弥」が出て、その自慢の品に甘鯛の一夜干しがある。背開きにした姿が美しい。これはスペイン料理の「鯛のドノステア風」(サン・セバスティアンのバスク名)を真似てやった。ガーリックのスライス、赤とうがらし、エクストラヴァージン・オリーヴオイル、レモンジュースで一時間マリネし、オーヴンでパリッと焼く。食べるときには、バルサミコ・ヴィネガーをちらっと振る。このお酢も欠かせない食の伴侶だ。

こうしてうちでは、お魚の種類に応じて変化球でいく。サンマは地中海風だ。焼き皿にサンマを置いて、エクストラヴァージン・オリーヴオイルをかけ、セージを二ひら上に載せ、一時間ほどおいてから中火のオーヴンで焼く。サンマはおなかを出さず全部食べる魚だから、ほんとにラクなお料理。付け合わせは紫のキクの花。ガーリックはのせない。ネコもお相伴してハッピーな一皿だった。


とろ湯葉に木の実を飾ると、見た目も味もひきたつ


近江展には大津の「比叡ゆば」(ゆば八)が出るので、これも楽しみの種。生湯葉も和風とは限らない。オリーヴオイルをかけ、ワサビを載せると別の顔を見せてくれる。この間はぜんぜん様子を変えて、「とろ湯葉」にヌニュス・デ・プラドのオリーヴオイルをかけ、ナッツをミックス(カボチャの種、スライスアーモンド、クルミ、松の実、ピーカンなど)し、極上の塩をぱらぱらかけて前菜に。こんな風変わり料理には器が肝心だ。伊志良光さんの赤絵の高坏を使った。

ニューヨークのレストランや日本のホテルが、和の材料を洋風に生かしているのは最近の傾向だけど、私もそれを見習った。普通なら田楽にする賀茂ナスのフランス料理だ。リーガロイヤル東京で出た一皿が、賀茂茄子にスズキとフォアグラをどんと載せ、きのこやにんじんを添えたソースですばらしくおいしい! シェフの米津春日さんにレセピを教わってチャレンジ。ソースが凝っていて、思ったように仕上がらず、四回やってまだダメ。

魚介類をオリーヴオイルで食べるスタイルにシフトしていくと、それは醤油味から遠くなることでもある。うちのお醤油は、長崎のチョーコーでとてもおいしく、和食にも洋の隠し味にも欠かせない。でも、高齢社会では醤油を控えなければならない人も多い。和のオリーヴオイル化は、そういう時代性にもあっている。

魚介類にオリーヴオイルがあうのは当然で、オリーヴの産地ギリシャやイタリーは海の国で魚介類の宝庫。産地の同じもの同士を合わせるのは、料理のイロハだ。タコやイカ、お刺身用のヒラマサやマグロは、うちではワサビ・醤油のお刺身でなく、オリーヴオイルやバルサミコ・ヴィネガーで、ベビーリーフやコリアンダーの葉たっぷりと合わせてカルパッチョ風にすることが多い。

中華も変身する。ギョウザの中身はきまっているけど、ある晩、アミが工夫をした。べビートマトがたっぷりあった。使わなくちゃ。閃いたのが、古くなりかけていたギョウザの皮。

ベビートマトは身がしまっているから、これを半分か四つにカット。ネギをきざみ、ハラペニョンピクルス少々もきざみ、ターキーグラウンドとミックス。ギョウザの皮で包んで茹でたら、トマトの赤が半透明の皮に透いて見える、やさしい姿の軽くてジューシィな水餃子になった。


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