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「昼食は 妻がセレブで 俺セルフ」
サラリーマン川柳コンクールの人気投票一位。

わかりますね! お昼どき、レストランでテーブルを数人で囲んでおしゃべりと美味を楽しんでいるのは女たち。丼の店やお弁当屋に並ぶのは男たち。たまの外食なら千円札数枚は楽しみ代。でも毎日の糧となれば、千円札で二食にならないか!

働くためのエネルギー源は、クルマにとってのガソリンだ。ハイオクで効率高くいくか、少しでも安いガソリンで長距離を稼ぐか? 日々のランチに千円以上を投じるのは、年収五百万円以上だそうだ。

私がクルマでよく通る南青山界隈は、おしゃれな店の並ぶ気取ったエリア。小さなレストランは最低でも千円はする。お昼どきに通ると、ビルの横の駐車場にワゴン車がとまってアジアン・ランチを売っている。近所の店の若い女たちが群がっている。ファッションより、食欲よ! お弁当屋よりワゴンランチのほうがおしゃれだし、中身も好みにあう。男向きのお弁当は、ハイカロリーで野菜はろくにない。

高島屋の屋上に、あるときワゴンを二台入れたときは、インドカレーとニューヨーク風チキンを、Tシャツの陽気なお兄さんが売っていた。私は食べたあとだったので買わなかったけど、スタンド風のワゴンは「ちょっと買いたい」気分にさせる。

代々木公園やさくらどきの青山墓地には屋台が並んで、私はなぜこんなもので美観をそぐの? と思う。タコ焼きや焼きそばの屋台は場末っぽく、アセチレンガスの臭いもいや。

オフィスで働く女性たちは、ランチは安いほどうれしい。だからお弁当派も結構いて、ヤフーでOLの「ごはん事情」を見ると、昼食はOLの九割が食べるのだが、多い順に、手作りのお弁当の人、テイクアウト、外食、社員食堂とつづく。昼食の予算は四百から六百円が最多。女性は堅実だ。

外食には、安くておいしい店のある界隈はトク。新橋(昔の烏森)や日本橋は恵まれている。
オフィスに社員食堂があれば、好みは別として安く、栄養的にもいいお昼を食べられるけど、それは大手だけの特権だ。小さな会社ではとてもムリ。 「うちの社員食堂はとってもいいのよ。安いし、おいしいし、チョイスが多くて」

あるデパートの友達に誘われて、社員食堂で食べてみた。イス、テーブルの配置はちょっと殺風景だけど「セルフ」で、味も値段もたいへん結構。

見本を眺めてチャーシュー麺二百四十円にきめ、カウンターで、おつゆは多目に、熱くして、ねぎたっぷりと言ったら、ちゃんとそうなった。てんぷら、フライ、サラダいろいろ、お刺し身、なんでもある。ラーメン百六十円。セルフだから、おそばと天ぷらをとれば天ぷら蕎麦に変身。デザートには果物もあるのがさすが。グレープフルーツをきれいにむいたのが、オレンジと交互に五房並んで百円! 

でも、これはラッキーな職場。働く場に質のいい食堂がなければ、お昼は自力で調達だ。安くておいしいお店やーいと、タウン探検にのりだすわけだ。



ランチどき、近くのお店の男女が集まる


家の郵便受けへ投げ込まれるチラシは、どうしてああ食べ物屋が多いのか? ピザ屋、お弁当屋、宅配業者。もう、うちで料理しないみたいだ。「食事の外注」、大げさな言い方をすれば、台所機能のアウトソーシングの増加は、食事を作りたくない、作れない家庭が増えてるせいだろう。

ある日、あれ? とアミが言った。
「これ、うちの近くのおそば屋じゃない?」ぱらっと見て「こんなにたくさんやってる!」
ペラペラの献立表には、おそば以外に、中華とご飯物と季節物の欄があって、全部で七十一種類の多さ。

住宅街に続く小さな商店街。いまどき縄のれんが下がっているのにアミは心惹かれ、私は自動ドアのおそば屋がおいしいはずないわ、子供ね、と笑っていた店だ。中華と日本そばはまったく別物なのに、そしてこんな多種類を安く売っておいしくできるはずがない、といったら言いすぎかしら?

住宅街のおそば屋は、出前と近所の勤め人のお昼が勝負だ。安く多種類にして、味より食欲を満たす戦略でいくのだろう。鴨南そば六百円、カツカレー丼八百円、チャーシュー麺七百円。ここにはお昼どき「妻はセレブで俺セルフ」風の男性がはいっていく。出前のバイクが出ていく。イートインとテイクアウトだ。

OLがお弁当を持って出るのは、店で買わなくたってテイクアウトだ。ランチで苦労するなら、うちからテイクアウトするにかぎる。いまそこら中で「テイクアウト」「イートイン」と、外来語が夏のツタみたいにはびこってるけど、ランチ苦労の人々は、言葉の向こうにある、外国の堅実なライフスタイルを真似たらどうか? 堅実な彼らは、ランチボックスを持ってオフィスに行く。中身はシンプルにサンドウィッチ、サラダ、リンゴやバナナ。そしてポケットパークや、そこらのベンチで青空ランチする。

映画「ワーキング・ガール」の印象的なシーンを憶えていますか? ニューヨークの競争社会で働く女のラヴコメディだけど、部長としてヘッドハントされた女、メラニー・グリフィス、その恋人役ハリソン・フォード。彼は、初日、出勤する彼女に「はい!」とランチボックスを手渡す。パートナーの男がサンドウィッチをつくるマメさと、部長に昇進してもランチを持って出る堅実さが、アメリカの売り物。彼らは女も男も、自力でマメにお弁当をつくる。

サラリーマンの夫がやっと最近、お弁当を持っていくそうで、自分でつくるのかと思ったら、ノン、ノン。妻が幼稚園児用のようなチマチマ弁当を、夫のために作るのだ! タコの形にしたウィンナ、ご飯の上におかずでトナカイや花の絵を描く。大の男が子供だましでよろこぶとしたら気味悪い。子供用キャラ弁は食の本質をはずれた労力の浪費としかいいようがなく、妻はこのエネルギーをヴォランティアにでも活かしたら? ランチの結論は、男が生活で自立して、自分でお弁当を作るのが第一の解決策、第二は、妻がお弁当をおもちゃにするのをやめること。


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