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うちは野菜好き。野菜の顔を見ると、あれもこれもと手が出る。スープ、サラダ、温野菜はつけ合わせや、単独料理のグラタンいろいろ……。夕食に野菜料理を何種類も作ってしまう。 そのために、つい買いすぎる。

冷蔵庫の野菜の引き出しをのぞいて、私は小さなため息をついた。マッシュルームが終わり、セロリも消しゴムほどしかない。でもトマトは山とあるし、ニンジン、ポテト、ズッキーニも、キュウリもアヴォカドもある。娘に声をかけた。

「どうする? ナショナルもう少し先にする?」
彼女ものぞきこんで「ちょっと足りないけど、明日、地球人の配達でお野菜くるし、延ばしたら」
「そうね、ちょっと倹約するか」

食料の買い出し――グロッサリー・ショッピングを一回抜くのもわるくない。引き出しのなかで野菜がしおれるのはいや。ありものを使い切るのもいいだろう。

うちの食料は、地球人倶楽部と麻布ナショナルの二本立て。うっかり地球人の週一の配達と、ナショナルの買い物がくっつくと、野菜が溜まってしまう。

お野菜、ごめんなさい――と謝る気分だ。ふだん、アスパラガスの根本の折り取った部分や、マッシュルームの軸はスープに入れてムダなく使うから、野菜を古くすると、もったいなくて気になる。

その週は、グロッサリー・ショッピングを控えたおかげで、冷蔵庫もほどよく空き、お金はお羽にならず、私とアミはにんまりしていた。

「フリーザーの肉も、気をつけて減らさなきゃ」
ストック好きの私の家では、フリーザーはいつもいっぱいだ。チキン、ビーフ、ラム、ヴィール(仔牛)、カモその他、絵サインの表にそれぞれの数量を書きこみ、冷蔵庫にとめてある。忘れっぽさをガードしてるのだ。
「そろそろステーキを使ったほうがいいわね」
「うれしい、ビーフ! ずっと食べてない」
アミが声を高くした。私はレセピの箱を取り出して、
「ビーフ・ストロガノフはどう?」
「いいな! やっとストロガノフの季節ね」

クリーミイで濃厚なお料理は、肌寒い季節の食べ物だ。私は張りきってステーキを冷凍庫から出した。
ついでにマッシュルームとオニオンも。
あれ? 引き出しのなかにない、ない、無い。冷蔵庫は空いていて、まるっこいあの顔がない。
「あれー、マッシュルームがなかった!」
「そうよ、ママ。こないだ、ナショナルを抜いたじゃない。でもシメジかマイタケなかった?」
「キノコ類はぜんぜんぶ使ったわ」
「じゃ、ビーフやめてチキンだ」
「寒いからクリーム・チキンがいいな」私のアタマが急回転した。「ムリよ。キノコ類一切ないもの」

ミルクがあればベシャメル・ソースは作れるけれど、チキンと合わせるマッシュルームがない。シメジもない。冬はカブでやるのもおいしいのだが、カブは葉っぱと一緒にクリームスープにして終わっていた。

とうとうその晩は、ジャン・ジョルジュのチキンのトマト、タイム、ブラック・オリーヴのアルミ箔包み焼きに落ちついた。彼の本にあるすてきにおいしい一皿だからハッピーに食べたけれど、野菜が自由に使えないと料理の選択の幅がないといまさらのように気づいた。

「たっぷりお野菜で私たちおいしくなるのよ」


お料理をする最初から、肉と一緒にいろんな野菜を合わせて使うのが西洋料理だ。そのものの単独の味でなく、野菜を多種類使って立体的に積み上げていく。「味を構築するのね」いつだか、開新堂の山本道子さんが言ったっけ。

「ヴァイオリンとチェロとヴィオラと……ハープや管楽器……オーケストラみたいに」アミが言った。「西洋料理はかけ算ね」

クリーミイなソースで出されるビーフ・ストロガノフだって、十二時間のマリネにニンジン、玉ネギ、シャロット、ベイリーフ、タイム、白ワインがいるし、そしてつくるときにはたっぷりの玉ネギ、シャロット、マッシュルームがいる。肉を焼くときにブランディ、仕上げはクリームとパセリだ。

残りご飯を卵チャーハンにするのは簡単でも、子供っぽい。セロリの茎と葉をきざんで炒めお醤油をたらし、ご飯と白ゴマを加えて炒めると、しゃれたおとなの味になる。山本道子さんのレセピだ。前の日、それにしようと引き出しをあさったら、セロリが終わりでザンネン!

ありものを工夫して料理に仕立てるのは家庭の楽しみでもあるけど、味も、見た目もうれしいファンシーなお料理にするには、ある程度の品がそろっていなければ。ポテトしかなければグラタン(ドルフィノワ)にできても、ヴィシソワーズにはできないし、色は白一色。トマトもバジルもパセリもなく、カリフラワーだけでサラダにすると、まるで雪野原……アミはケパーを散らして色どりにしたことがある。

ニンジンや玉ネギなどの根菜で堅実につくるポトフやシチュウ。ローストビーフはオーヴンで焼くだけ。西洋料理のなかではシンプル・クッキングだ。でも、煮込みでもだんぜんおいしいビーフ・ブルギニヨンになると、たっぷりのマッシュルーム、ベビーオニオンと赤ワインの助けが必要だ。

日本料理は素材の味と姿を賞味するから、単独で使うものが多く、家庭料理でも野菜で挫折することが少ないように思う。魚ならお刺し身、塩焼き、お煮付け。多種類の野菜の伴奏がなくても基本的には困らない。野菜のお皿はべつの一皿で、ほうれん草なら、おひたしやゴマよごし。伴奏はいらない。

そんな風だから、うちの夕食は、野菜料理で「おなかいっぱい」ということもしばしばだ。野菜料理といっても、チキンや小エビやチーズ、卵、クルミ……いろんなものが伴奏してるから、味わいは重層的。オードウヴル、サラダ、グラタンで「もうはいらない!」――せっかく作った野菜のスープはスキップ――になってしまう。



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