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夏休みの軽井沢。旧道の古くからある地元のジャム・缶詰のお店にいたら、前にヴァンがとまって、走りこんできた男がお弁当を二つ置いて出ていった。
「お弁当?」ちらと覗くと、プラスティックの箱にフライやカボチャやキャベツが詰まっている。
「お弁当、店ごとに届ける商売ですよ。便利でね」
なるほど! 繁忙期のリゾートの店の経営者にお昼をつくってるヒマはない。高原にもちゃんとモダン・ビジネスがひろがっている。彼が見せてくれたプリントには、八月中の日ごとのメニュがのっていた。移動社員食堂みたいなものだ。たとえ一個でも届けるところが繁盛の秘訣だろう。

軽井沢は人気のリゾートだけれど、最近の様変わりは、避暑地としてくるひとのほかに、定住者や半定住者が増えたことだ。私の友達にも、リタイア後は、一年の半分を軽井沢暮らしする家が数軒ある。
「夏はどうするの? 住んでるひとは迷惑じゃない? 外来者で道が混むから」
「方法はあるのよ。食料の買い置き。東京みたいに配達がないから、混雑時に出ないですむように」
こういう友達は、たいてい、町が除雪する道路脇に家があって、冬でもクルマで出入りできる。
「ボロ車は置き放しで、新幹線でくることもあるし、車で往復することもあるわ。足に不便はないわ」

定住者の不満は、農協でも農薬を使っていない野菜と、使用の区別がついていないこと。
「東京じゃ、低農薬、無農薬って分けるでしょ。こっちは無神経っていうか、区別がないのよ。自家用は、自分の畑で安全なのをつくるんじゃない?」
私も同感だ。うちでは弟と共有で使う古い別荘があるから、夏休みを数週間、ここで過ごすことができてハッピーだけど、それには苦労もある。食料の調達と保管をどうするかだ。

リゾートの食料確保には、いくつかの問題がある。まず、道路が混むし、人ごみが激しいから、それを避けて食料を買わなければならない。第二に、こちらのほしいニクや野菜を売っているか、値段は適切か、の問題。第三に農薬をはじめ、質的に信頼できる品か? 高原だからいい野菜がある、というわけにいかないのだ。 
そこで、だんだん賢くなって、私の家で出した答えは――この数年、クロネコで東京から、ニクは冷凍で、野菜や果物は冷蔵で、いちどに送り込んでしまうこと。冷蔵庫にある程度の大きさがあれば、数週間ぶんは確保できる。ワインは、田舎は安くて味のいいのがないから、これも送りこむ。

「でも、夏って、そんなにお料理する? 夏休みってデレっとしたいじゃない?」軽井沢在住の友達が言った。「私、手抜き用に冷凍食品やレトルトをかなり買い込んでおくの。生野菜でも、トウモロコシもいいわね。ゆでるだけでお昼になるもの」
「同感よ。でもファストフードにも、美学があるでしょ。好きなブランドでおいしいことは、MUST HAVEの条件じゃない?」
「こっちにいると、そうも言ってられないのよ。やっぱりここのスーパーの冷凍食品を使っちゃう」
たいていの人が使うスーパーは、一八号線にあり、町からじきで、出入りしやすい。もう一軒はもっと大型でしゃれていて、ひいきの人も多いらしいが、バイパス沿いで遠い。うちではやむなく前者でトイレットペーパーの類いは買うけれど、あまりの冷房のきつさと、ペットボトル商品や冷凍食品やできあいコロッケやカツの山に、地球環境への配慮のなさがいやで、行かないようにしている。

もう、マスの骨もこわくない!



今日はお料理しなくていい日、というのは気楽でうれしい。ことに夏休みは気楽でGO、GOだ。ローストチキンがある日。バゲットにソーセージをはさみ、サラダだけですませる夕方。冷たいワインをグラスに、緑の梢を眺めて暮れなずむ夏の宵、窓辺で食べる夕食の気軽さ。こればかりは、しめきった窓のなかの冷房の部屋では味わえない醍醐味だ。

そんなわけで夏休みまえ、軽井沢行きの食料のリストをつくるときは、頭をひねった。
「いつも持っていきすぎるから、注意しなくちゃ」
「持ち帰るムダは避けたいもの」
「ひき肉はお料理が面倒だからいらない。チキンとラム、ステーキは焼くときはねるから少しでいい」
「でも今年はうれしい! ローストチキン持っていける、東京で焼いたヤツを」
「そーね、骨を出せるからね。マス池のマスもたくさん食べられる」

ローストチキンは、焼いて持っていけば手間なしに数日楽しめるけど、問題は骨だった。軽井沢の悪名高いゴミ処理のせいだ。それも年々たいへんになっている。町がゴミの集積所を減らして、収集車を家庭に回さないから、自分でゴミを車に積んで捨てに行く大作業がある。週に二回は、毎度、ゴミ袋七、八個運んだものだ。でも映画『ジョーズ』と同じで、町も住人も、厄介事はよそ者には伏せておく。

ここでは骨がでるものは、食べられない! 高原にいて、トウモロコシはダメ。グレープフルーツもノー。ゴミのために食べたいものを食べられないなんてヘンな話だ。高い税金を払ってるのに。
「何のための夏休みか、わからない。有料のゴミ収集を探さない?」アミが決意して、調べた。
電話をかけた業者の二軒目が、ヒット! 感じのいい女性経営者が出て、そこに決めた。本業は不動産業だ。彼女はきちんと下見にきて日を決め、最初の日はトラックの若い男と別の車で、様子を見に来てくれた。これで夏休みが気楽になった。

定住者はもちろんだが、夏だけの滞在でも、地元のお店とのつながりは大事だ。信頼できる店と知り合うと、安心感がちがう。問題は年々、個人の店が減ること。スーパーには顔がない。でも今年のヒットは、この女性の会社と、もう一軒、家族経営のおいしいソーセージ・ハムの店を見つけたことだった。
なんとここは町の繁華街でなく、ちょっとはずれたところにあり、しかも八時半から店を開ける。混むのがきらいな私たちには抜群の条件。今年の夏休みは、こうしてウハウハで暮らせることになった。


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