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デパートでは、十月からおせちの予約を始めるけど、私はそれには知らん顔。そのかわり、じきクリスマスとウキウキ。
アミとの会話もそこに集中する。

「プレゼントどうする?」
「ネコの写真、クリスマスカード用に早く撮らなくちゃ」
「ポインセチアはイケアが安いわね」
「モミは軽井沢から枝だけ伐ってこない?」

クリスマスの楽しさは、緑と赤と金と、キラキラの光りまばゆい華やかさ、リボンの世界。そして義理やうわべの社交でなく、好きな友達、大事な誰かれへ、小さくてもすてきな品を送るから。
「去年のクリスマスは忙しかったわねー!」
「そうね! ヘレンちゃんの赤ちゃん騒ぎだった!」
ネコのヘレンが四匹の仔猫を生んだのは、暮れの二十八日が二十九日になった夜中。
「ヘレンの世話と子猫ウォッチングで、昼も夜もなかったわ」健気なヘレンのママぶりと、どんどん変化する小さな生き物を付ききりで見守った。食事なんかメじゃない!

暮れはどこの家庭でも、用事が多くて忙しいけど、うちの場合は、お正月の支度は何もしないかわりに、家族のクリスマスの後、友達三、四十人を呼ぶニューイヤー・パーティを年明け早々の土曜日にするから、その準備が頭にあって、暮れからなんとなく落ち着かない。アミが手元の食事記録を見て言った。
「去年の暮れはすごかったのよ。二十八日夜はクリスマスハムをはさんだだけのサンドゥィッチと、キャンベルのクラムチャウダー。二十九日は舌平目のムニエール。三十日は野田岩の冷凍蒲焼きにベビーリーフのサラダだけ、大晦日は開新堂のオードウヴル、シャンパンは開けたけど」
「元旦なんて、地球人倶楽部の豚骨ラーメンとアスパラガスよ!」
TVは暮れからこわれて、見もしなかった。

年明け早々の昼間のパーティは、退屈しはじめた家庭から、男が脱出するのにいい。男同士のつきあいはまだ始まらないし、「彼がでかけると助かるの」と妻に歓迎される。

お正月の支度をすっぱりやめたのは、この数年来のこと。それまでは、歌舞伎に夢中になった余波で、京都でまゆ玉と柳の枝を買ってきたり、おせちを日本橋まで大晦日とりに行く、お屠蘇の道具を出したりと、凝った時代もある。丸梅に教わって、ゴマメをていねいに焚いたり。年賀状だけはやらなかった。やがて、気づいた。
「充分、和風を楽しんだわ。ジャポニカとの二重生活ってたいへん。おせちって高いし、食べるのは最初だけよ」 
「クリスマスの飾りをして、せっかくドアのリースがきれいなのに、お正月だからって、はずすのヤダわ」
「デパートだって、巨大クリスマストゥリーや、壁面にリボン下げたのを、二十五日が終わると、とたんに凧や門松に変える」「シンプルライフやスローライフなんて、モノ売るためのウソのかけ声ね。矛盾が気にならないのかな?」

クリスマス飾りをもっと楽しみたい――アミが神父様に伺った。
「もちろん置いておいていいんです。教会はそうしていますよ。クリスマスはイエス様の誕生を祝うのだから一日だけじゃない。クリスマスの四週間まえから始まって、エピファニー〈Epiphany〉、東方から博士たちが捧げものを持って、幼子を訪れる一月六日まで続くんですよ」

そうか! クリスマス飾りは、その間ずっと飾っておけるんだ! 大喜びで、家のなかも、フロントドアのリースもつけたまま、年を越して楽しむことにした。
クリスマス、お正月の選択は、世の中が決めるのじゃなく、それぞれの好みで決めるもの。それが個人、個人のライフスタイルじゃないか。

暮れはクリスマス・ハムでサヴァイヴァル


年賀状を出すか出さないかも、ライフスタイルの現れのひとつ。でも大方は、みんなが出すから出す、住所確認にもなるし、という人。「遠い友達にも生きてるってわかるからね」と年輩者はニヤリ。

私は出さない派。あれをやったら、冬のホリデイはメチャメチャだ。徹夜して四百枚書いたとか、お正月は年賀状の返事でつぶれた、というひとなど。男性に多い。
年賀状も、手書き赤絵の干支など、すてきなのは飾っておくけど、大方は印刷物。たった五十円で義理を果たす? なんだか人生、痩せた感じ。 

クリスマスカードのほうがずっと楽しい。封筒の色や宛名の書き方に個性があって、封を切るとカードはどんな絵? 見るのにワクワク。二百枚の年賀状より、二十枚のクリスマスカードのほうがうれしい。うちでは、ネコの写真をパソコンでカードに作り、封筒も、中の色見にあわせて、カラーのを見つくろう。宛名を何色で書くか? と考える。
インターネットでは動くクリスマスカードを送る方法もあって、思わず見とれるけれど、そこまでだ。

カードづくりは、気まぐれなネコをモデルに、ポインセチアやクリスマスリースと一緒に撮るから、苦労する。猫はじっとしていないし、下手にアングルを変えると、壁のシミやじゅうたんの汚れが写ってしまう。「こっち向いて」と頼んでも、独立的で貴族的なネコは、プイっと去ってしまう。

そうしたクリスマスの楽しみと苦労は、東京みたいな大都会だけのものじゃない。このごろは、日本中カントリーサイドにシティピープルが移住して、自分のライフスタイルをもとに、周りに楽しさを振りまく人が増えた。

東京から故郷の宮崎に戻った女性は、クリスマスやハロウィーンに、家の内外の飾りつけをしている。
「うちの外にもイルミネーションをやったのよ」と写真つきのEメイルをもらった。
だんだん周りの家々も、飾りをつけるようになったらしい。台風銀座の宮崎も、こういう人が暮らすと、楽しくなりそうだ。
「電飾はいつまで置いとくの?」メイルで訊いたら、
「もちろん、お正月過ぎ、一月中はつけておくのよ」


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