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暮れも押し詰まると、お正月の品々が家のなかにはいってくる。いただきもの、注文しておいた品……。どれもおいしそう。そのなかにかまぼこがある。

「ちょっと食べない?」
「いいわね、おなかが空いたわ」
白いふっくらしたかまぼこが、ちゃんと板についているのがうれしい。この頃は形だけ板にのせて、本体は離れている、手間はぶきのかまぼこが増えた。すりっと厚めにスライスして、口へはこんだ。

それは暮れの十二月二十九日。いそがしい合間のジュースィで実になるおやつだ。
「おいしい! 伊達巻きも切らない?」
こうしてうちでは、暮れのうちにお正月用を食べてしまった。
おせちは、日本のかしこい保存食。できあがった品々は、いまはやりのReady to eat――調理なしにその場で口にできる便利なたべものである。これぞ、忙しい暮れの助っ人じゃないかしら!? いまお正月はむしろ暇な数日だ。おせちは暮れのためにある――これが私の考えだ。
デパートでは十一月からおせち料理を並べて、予約にはげんでいたっけ。数万円から超豪華十万円以上まで。お正月をゆっくりこれで――がおせち料理の本来の趣旨。でも、世の中は変わった。忙しいのは暮れなのである。

「ゴミ出さなくちゃ! お正月は六日まで取りにこないのよ!」
「資源ゴミは二十五日で終わり、不燃ゴミは二十六日」
大方の男が知らない女の苦労で、きりきり舞い。
おせち料理は、主婦が元旦から料理しないですむための知恵。でもこれの用意で、昔の主婦は暮れはコマネズミのように働いた。一月十五日の小正月は、その主婦をねぎらうためにいつか出来た昔びとの知恵だという。

いまのお正月は、東京の小家族では、TVかゲームか外に出るだけの、ひまなとき。お年始の訪問なんか普通の家ではしない。むしろお料理する暇が持てるくらいだ。でも無精したい家庭では、暮れのうちにローストチキンかポトフでも作っておけば、冷蔵庫から出すだけですむ。お正月のいいところは、〈ノンビリくつろぎ〉にあるのだから。

私の家で、おせちを日本橋の専門店で買っていたのは、和風に凝った時代、そして父親が健在のとき。いまは卒業して、開新堂の洋風おせちになった。ここは大晦日に自分でとりにいくのが恒例だ。シャンパンも冷やしておく。大晦日はこれで一年を祝う。

「今年はヘレンに仔猫ができてハッピー!」
「今年も感謝。来年もいい年でありますように」
「猫たちにも、私たちにも、for everybody!」アミと乾杯。姉は「あら、三十一日に食べちゃうの?」
と呆れた。あとは手抜きで缶詰のスープ。カナダのクラム・ビスク、つまりクラム・チャウダー。一缶八百円が二百円に下がった品で「エコノミー」――
アガサ・クリスティの発掘の体験記に出てくるアラブ人が経済的でしょ、と誇っていう言葉。現代でも、苦労しないエコノミーなら大歓迎だ。

男の好み、アヴォカドどんぶり


疲れて帰って、あるいは一日ハードワークで「あー、もうなんにもしたくない」――ときがあるものだ。夕食のしたくが気が重い。

出前? いまどき、あっても割高だし、おいしくなければお金を捨てるようなもの。インスタントラーメン? あんまりわびしい。どこの家にも買い置きの便利な品がある。うちでも五島軒の缶詰のカレーや、野田岩の冷凍のうなぎなど、お好み手抜きストックがある。割安の品ではインドのカレー、MTRのレトルトもある。

でもフシギなことに、たとえ上等なものがあっても、それを食べる気が起きないことがあるのがニンゲンのおもしろさ。うなぎは重い? カレーは香りが強すぎて気分じゃない、等々。それはその日の気候とも関係し、食欲の振り子を左右に振るのだ――じゃあ、どうするか?

答えは案外かんたんだ。冷蔵庫の中身と、あなたのアタマの中身の総ざらえをすればいい。救いは、おいしいパンと卵。卵があれば、オムレツがつくれる。ふっくらしたオムレツは、フランス人がお客にも出すりっぱな料理だ。チーズをいれてリッチにしてもいいし、パセリやベビーリーフをなげこんで、緑のオムレツにするのもしゃれている。

缶詰のスープがいつもストックしてあれば、キャンベルだろうと、ホテルのだろうと、こういう際にちょっぴりゆたか気分になる。
パスタはいつも安全弁。パスタなら茹でるだけ、それにからませるモノを考えるだけ、そして満足度はとても高い。パスタのレセピは山とある。
冷蔵庫にたらこがあれば、アミが好きなのは、たらこをほぐしてまぜるパスタ。私が好きなのは、チョップしたガーリックと赤唐辛子をオリーヴオイルでいためるソース、マリオのイタリー料理だ。めんどうといっても、この程度の労力はかけないと、その夜はみじめな感じになる。これは人生とてもソン。

男性にも知恵者がいて、アヴォカド丼にするという。「ご飯にアヴォカド、わさび、醤油、イクラを載せるとおいしいよ」。男のコメントは控えめだ。うちでまねてみたら、これは抜群だった! 山安のいい海苔をかけたから、ぜいたくな手抜き料理になった。
別の手抜きは焼きサンドゥィッチだ。テフロン加工をした道具で、パンをパタンと両側からはさんで、炙る。パンにはさむのは、そのとき冷蔵庫にある品。サラミ、ハム、チーズ。もしハムとチーズがあれば、クロック・ムッシュウになるし、ローストチキンが残っていれば、クロック・マダムになる。あとは生野菜があれば御の字だ。

「アミならおそうめん茹でて、チキンブイヨンで山椒だけですんじゃう、これは最高の組み合わせよ」
和風と麺好きの言葉に、私もつり込まれて言った。
「それって、アメリカで感激して食べたわ」
当時は和食の材料なんか、中西部の大学町にはなかった。「おそうめんないから、ヴァーミセリゆでて、チキンブイヨン、ハムとキュウリのスライスで感動したの。夏はコールド、冷しつゆそばにしたわ」


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