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もう十年近くまえか、叔母に訊かれた。
「どこか、お料理をつくって届けてくれるところないかしら?」
その叔母は、女性ばかりの団体を五十年以上まえにつくって、幼稚園を何カ所も経営しながら、仲間と共同生活をしてきた。叔母はつづけた。
「これまではお当番でやってきたのよ。賄い役の人もいたけど、やめたの。みんなトシでしょ、お休みにあたる週末だけでも頼めるとラクなんだけど」
料理などしたことなさそうな叔母だから、手不足の土日の食事で頭を悩ますのが想像できた。もし交代で料理役が回ってくるなら、八十歳すぎの叔母にはキッチン仕事は辛いだろう。自分ひとり分ならともかく、合計七、八人の多人数だ。しかも平日は、教育の現場で園児を見ている。

ちょうど高齢者のシンポジウムで、あるところが高齢者向けの食事宅配をしていると聞いたばかりだった。メニュを取り寄せてみたけれど、食事の内容が、叔母たちの好みにはあいそうもない。

顔の広いいとこに相談した。いとこは、多才で活動的な友達が多い。はたして、じき、
「いい話があるの。学校の同窓だけど、奥さんたち数人で集まって、お料理をつくって届ける商売をしようって計画してるんですって。お宅も高輪でおばちゃまのところと近いのよ」
「それはいいわ! ライフスタイルが似てるひとがやれば、好みもあうわね、きっと」
さっそく土日の配達が始まって、叔母はよろこんでいた。営利的でなく、また学校給食風の大量生産でもない小規模で、山の手の家庭的な料理サーヴィスは、おしゃれなシティ・シニアに歓迎される。

それに続いて、京都のホテルでよく知っている支配人が、急に四国のホテルへ転勤になった。社長のポストだから栄転だが、彼は浮かない顔をしている。
「勤め人だから断れませんが、母が京都で一人暮らしで、まだ元気なんですが、これまでみたいに同じ京都で、ちょくちょく顔を出せないから……」
食事をどうするかが心配だ、と彼は言った。「なにかいい方法はないか探してるんですが」
どこも悩みは同じだなと、たてつづけの話に驚いた。京都には、いとこの友達のような手づるがない。私に教えられたのは、叔母と同じ宅配情報だけだった。その頃、東京でもしきりに、ポストにちらしがはいったり、ダイレクトメールが来るようになった。「お試しに一週間、無料で届けます、断るのは自由」など。

しばらくして、彼にどうしたか訊いてみた。
「やっぱりやめました。姉がひとりいて、彼女がなんとかヘルプすると言うし、母は自分でやるほうが気楽でいい、そんなトシじゃないって言うんで」
そうなんだな、と私は同感した。朝食は簡単、お昼は適当にすむ、夕食だけちゃんとした食事が届くというシステムは、便利なようで実は気重でもある。
なぜって、一週間分きまっているメニュは、その日食べたい品とは限らない。今日はチキンに食欲が動く、という日に煮魚がきたり、急に初夏っぽい日差しになって、冷たいおそうめんを、と思っても、ロールキャベツがきたら……。

メニュに自由がきかない――のが困るのだ。他人まかせでも、ホテルに滞在すればメニュを見て、その日、そのとき食べたい品を注文できるからいい。でも宅配は大量受注が前提でセットされているから、いやでも変えられず、ワラワラと来てしまう。
もしこれがせめて、午前十一時までに電話でオーダーを出すシステムでもあるなら、好みを通すことができるけど、現実には、無理だろう。トシとったひとが、好きな食事をラクに毎食とる、というのは、なかなかの難事だということが、私にも現実の課題としてわかってきた。



独りでも楽しめる場所がほしい、デパートの屋上



羽田澄子さんのドキュメンタリー映画、『終わりよければすべてよし』の試写を三月に見た。「安心して老いるために」をテーマに映画をつくってきた羽田さんが、今回は安心して死を迎えられるようにと「ターミナルケア」を取り上げた。日本と外国のシステムがよくわかる。六月に岩波ホールで公開される。

老人が孤立せず、親切な医師やナースやヘルパーに世話をされ、最後まで安心して暮らし、食事もちゃんとできるように、知恵と技術が集められ、施設がつくられている。日本では、家で死を迎える人はわずか十三%で、八割が病院だが、ケアシステムをつくれば、脱病院が可能になる。自宅のような雰囲気の施設が、シニアを最後まで快適に守ってくれる。

つよまる少子社会と、年金先細りが予想される日本では、シニアはみな将来が不安だ。私は国家や自治体ぐるみで充分な予算のある外国の例を、うらやましく思って見た。日本は意志の強い個人の善意や連帯で、なんとか運営しているのが実情のようだ。

考え方の基本がちがうのだ。外国は自分たちみなの問題、そして高齢者ケアが経済に寄与するという新しい視点なのに対して、日本は高齢者は負担増、経済的重荷とネガティヴにとらえていることだ。
印象的だったのは、スゥェーデンやオーストラリアの老人施設が、陽気で個人を重んじていること。なによりもシニアが、おしゃれで、はつらつとしているのがすてきだ。赤いジャケット、はなやかなプリント、イヤリングやネックレース。女性だけでない、男性も明るいTシャツやチノパンツ。個室のカーテンはきれいなプリントで、額や写真立てが飾られ、ひろびろしている。食堂はレストラン風のセッティングで、花や植木が方々にあって、楽しそうだ。残念だが日本では、長いテーブルに花もない社員食堂風のところで、ひたすら食べるだけだ。美的なことまでは手がまわらないのが、実情なのだろう。食事に花やリネン、四人のテーブル、美しい陶器などは、日本ではまだ先の話だ。

和食は食器が一人に五つも六つもいるのがネックだ。洋風料理なら、食器は大皿ひとつと、サラダかスープのボウルぐらいですむから、いい品をそろえやすい。料理の問題は、こういう点からも考えなおしてよさそうだ。


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