293


六月なかば、ペットクリニックに猫のヘレンを連れて行った。受付で目にしたカゴに、猫用の缶詰が積んであり、三十%引きと、アメリカの有名メーカーの名が書いてある。シーフードとチキンがある。

これはいい、試してみよう! 百五十六g入り百七十円が百十六円。猫たちにやってみると、中身はどろりとした灰茶色のオートミールか、ごく軟らかいレヴァーペーストといった感じ。二つとも、よろこんで食べた。

猫も同じものがつづくと飽きる。ツナの合間用に少し買おうかな、と考えていた矢先、ペット用の通販店からファクスがきた。同じ品が四十%引きだ。
二十四個がワンカートン。猫が好むなら、二箱ほど買っておくのもいいな。ディスカウントが魅力だ。

そこではっと閃いた。この三月に北米で飼い犬や猫が餌で死んだのは、カナダ製のペットフードだった。中国から輸入した原料に有毒物がまじっていたのだ。インターネットで見ると餌の大規模回収が始まっている。ウェットタイプで、缶詰かレトルトらしい。

こっちはアメリカ製で、犬・猫の食事療法の餌もつくる有名な会社だ。信用していいのでは? と私の常識が言う。でも、ミンチして姿のない、どろりとした缶詰の中身は純正だろうか? ほかのものがまざっていないか? 私の心がささやく。

「この会社だって、原料に使った肉の純正さまでは調べてないかも。ぐちゃぐちゃミンチで、原材料の姿かたちが見えない食品は、よしたほうが安心よ」

カナダのペット用餌の次には、中国の材料を使った歯磨きに有毒物がはいっていた事件。このときは「うちはスイス、ヴェレダの自然な塩歯磨きを使っているから大丈夫」と確認しあった。

「中国の品は、行政の検定の印まで偽造するから、安心できない」と専門家は言い、「偽造まで?」と私は呆れた。銘柄の洋酒の空き瓶に、いいかげんなお酒を詰めてバーにおろすという話もあるし、食品以外にもあらゆる商品がメチャクチャに取引されているらしい。

少しまえまでは、中国からの輸入食料は要注意といっても、野菜やお茶に多量の農薬を使っている、という程度だった。貿易額がアメリカに次いで世界二位になった中国の発展に、こんな商道徳無視のひどさがくっついていたとは。

「私は自販機は反自然だから使わないの。水は自分でいつも持って歩くのよ」とパーティで話したら、
相手は製茶会社の社長で「ペットボトルや缶のお茶は、農薬たっぷりの中国茶を使っているから、飲まないほうがいいんですよ」と言ったのに驚いたこともある。

食の安全なんていうけれど、とうとう素性の知れないものを食べると命にかかわる、ひどい時代になった。
しかも中国どころじゃない、日本で起きた。その痛打は、六月二十日に始まった。

お手製コロッケ アーモンドの衣もおいしい!


「ミートホープ」とはなんて滑稽な名前だろう。「ホープレス・ミート」と改名して、会社を閉鎖したほうがよさそうだ。内部告発を一年も放置した農水省も、脳衰省に改名したら? アメリカの牛肉の検査月齢にこだわるより、自分の国の肉の質を監督せよ。

出るわ、出るわ、ここの怪しい肉を、どれほどの食品会社がノウノウと使っていたか、新聞の「お詫びとお知らせ」を読むと、いい加減さに呆れかえる。

知らずに自社製品に使ったとお詫びを出した味の素や米久は、誰もが知る食品の大手。旭松食品、加ト吉(加工食品の大メーカー)も、日本生協もお詫び。誠意なんて感じられないフォーマット通りの文面で。

知人が怒っていた。
「生協もよ! 生協は良心的で、自社製品を売るのだと思っていたら、コロッケはよそが作ったのを売ってたのね。『CO・OP牛肉コロッケ』にがっかり」
「まったくね」 
相づちを打ちながら、このひともコロッケは衣までつけた出来合いを買って、うちでは揚げるだけ? と驚いた。加ト吉は問題の肉でコロッケを製造し、二〇〇三年三月から五百万パックを生協に卸したと、ジャパン・タイムスにある。

ビーフとポテトのコロッケは、カレーと並ぶ、日本の国民食じゃないか。それなのに人々の無精ぶり、企業依存の食生活。外国暮らしで食べたくなるのはこの二品だ。明仁皇太子がパリのトゥール・ダルジャンで「何か召し上がりたいものは?」に「カレーライス」と言った話。留学中にコロッケを作ろうとして、卵とパン粉をまえに、形にならず困ったと三笠宮信子妃の本にある。私も留学中、小麦粉をどの段階でつけるのかわからず、似た経験をした。

コロッケのように中身の姿が見えない料理は、自分で作るに限る。上質の材料をそろえることは、安いファストフードには期待できない。昔からの言葉に「安かろう、悪かろう」がある。安さだけに釣られると、現代のマスプロ&無責任企業にしてやられる。

やれやれ、牛肉と信じて買った人たちは、豚肉どころか、豚の内蔵や、赤みをつけるための血入りを食べさせられ、ゾッとしたにちがいない。肉の原産国もウソ八百。よその会社のパッケージを偽造し、賞味期限切れの品を袋を変えて六か月先の日付にするなど、商道徳もゼロ。

あわててお詫びを出す企業、商品を回収するコンビニなど、後を絶たない。どこもミート社の肉を使っていたとは!
食品を扱う企業は、もっと真剣に取り組んでほしい。たとえば、肉を買い付ける相手の生産現場をきちんと見に行く。衛生状態や原料の状況、牛や豚や鶏なら、飼料や飼育の状態まで見なければダメだ。それも一度限りでなく、必要に応じて視察する。

私が安心して使っている地球人倶楽部は、それをやっている。その結果、最初扱っても途中で切る納入業者もある。そのくらいきびしくして、食の安全は守られるのだ。食べ物は生命の根源にかかわるもの、それを扱う責任を果たさなければ。

.
.


Copyright (C) 2002-2007 idea.co. All rights reserved.