六月なかば、ペットクリニックに猫のヘレンを連れて行った。受付で目にしたカゴに、猫用の缶詰が積んであり、三十%引きと、アメリカの有名メーカーの名が書いてある。シーフードとチキンがある。
これはいい、試してみよう! 百五十六g入り百七十円が百十六円。猫たちにやってみると、中身はどろりとした灰茶色のオートミールか、ごく軟らかいレヴァーペーストといった感じ。二つとも、よろこんで食べた。
猫も同じものがつづくと飽きる。ツナの合間用に少し買おうかな、と考えていた矢先、ペット用の通販店からファクスがきた。同じ品が四十%引きだ。
二十四個がワンカートン。猫が好むなら、二箱ほど買っておくのもいいな。ディスカウントが魅力だ。
そこではっと閃いた。この三月に北米で飼い犬や猫が餌で死んだのは、カナダ製のペットフードだった。中国から輸入した原料に有毒物がまじっていたのだ。インターネットで見ると餌の大規模回収が始まっている。ウェットタイプで、缶詰かレトルトらしい。
こっちはアメリカ製で、犬・猫の食事療法の餌もつくる有名な会社だ。信用していいのでは? と私の常識が言う。でも、ミンチして姿のない、どろりとした缶詰の中身は純正だろうか? ほかのものがまざっていないか? 私の心がささやく。
「この会社だって、原料に使った肉の純正さまでは調べてないかも。ぐちゃぐちゃミンチで、原材料の姿かたちが見えない食品は、よしたほうが安心よ」
カナダのペット用餌の次には、中国の材料を使った歯磨きに有毒物がはいっていた事件。このときは「うちはスイス、ヴェレダの自然な塩歯磨きを使っているから大丈夫」と確認しあった。
「中国の品は、行政の検定の印まで偽造するから、安心できない」と専門家は言い、「偽造まで?」と私は呆れた。銘柄の洋酒の空き瓶に、いいかげんなお酒を詰めてバーにおろすという話もあるし、食品以外にもあらゆる商品がメチャクチャに取引されているらしい。
少しまえまでは、中国からの輸入食料は要注意といっても、野菜やお茶に多量の農薬を使っている、という程度だった。貿易額がアメリカに次いで世界二位になった中国の発展に、こんな商道徳無視のひどさがくっついていたとは。
「私は自販機は反自然だから使わないの。水は自分でいつも持って歩くのよ」とパーティで話したら、
相手は製茶会社の社長で「ペットボトルや缶のお茶は、農薬たっぷりの中国茶を使っているから、飲まないほうがいいんですよ」と言ったのに驚いたこともある。
食の安全なんていうけれど、とうとう素性の知れないものを食べると命にかかわる、ひどい時代になった。
しかも中国どころじゃない、日本で起きた。その痛打は、六月二十日に始まった。
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