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二時の来客の予定が「ごめんなさい、遅れちゃって」と三時にずれこみ、おまけに長居! ちょっと寄るわね、のはずだったのに。夕食の支度が気になってもお客は動く気配もない。誰にもある経験だ。

ときにはキッチンの修理工事で、四時に終わるはずの作業が七時まで延びると、もう疲れたー、何もやりたくない! でも晩ご飯、どうしよう? 慌てます。家を出て大通りを横切ると、ケンタッキーフライドチキンがあるなら、ひと走りもわるくない。フレンチフライもついてくるから、家でトマトでも切れば野菜もOK。でも、うちの近くにはない。

サザエさんの時代じゃないから、夕食におそばのような店屋物は家族から文句が出る。お寿司やうなぎはもったいない。なんとか御膳という名だけ大層な宅配のチラシは、やたらポストに投げこまれるけど、衛生と中身を考えたら、これもノー。

結局、外に頼ると、いい解決はない。外注、アウトソーシングは、ビジネスではコスト削減の方法だが、家庭の食事はまったく別のものだからだ。

夕食については、私たち自身に答えがあるのじゃないか?「今日は忙しい」という日は、ふつうは前からわかっているのだもの。

私たちは一週間の予定で暮らしているから、火曜は一日外に出ていて、帰るとじき夕食になる、木曜日は午後の来客で夕方の時間がつまりそう、と予想できる。その予測をもとに計画するのがかしこい生き方、そして結果的には、あなたは楽しい日々を持てることになる。
人生エンジョイがあなたのライフスタイルだったら、予測能力を育てることが第一、第二にそれにのっとって事前の用意をすることだ。planning aheadで、すぐ食卓に出せる食事を早くから用意しておくのが答えだ。いい加減なものを空腹を満たすために流し込むのは、人生のマイナス。
じゃ、何を用意するのか?

外国の小説を読むと、ヒントがあふれている。日曜日のコールド・サパーである。コールドミートのディナーのテーブルを家族が囲んでいるシーンを、小説や映画で見た記憶がどこかにあるはずだ。日曜日は、宗教的には安息日で、働いてはいけない日。だから台所仕事をしないですむよう、冷肉を用意しておく習慣ができたのだろう。

キリスト教は日曜日だが、ユダヤ教は土曜日。金曜の日没から土曜日は、火も一切使わない、エレヴェーターのボタンさえ押さない、戒律きびしい人もザラ。エルサレムのシェラトンで週末、注意されたのが、安息日用に各階どまりにボタンをプリセットしたエレヴェーターに乗ると「十六階なんかだとヒゲキ!」、注意して選んで乗るように、だった。

別の理由は、昔の家庭には召使いがいたから、日曜日は彼らがお休みをとる、そのために事前にコールドミートを用意して、安心して出かけるのだ。

ローストチキンやローストビーフ、仔ヒツジの冷肉、ボイルド・タン、肉のパイ、パテ、トラウトやサーモンの冷製…… コールドミートの料理は山のようにある。つけあわせの野菜も、野菜やきのこのキッシュ、ポテトやにんじんはオーヴンで肉と一緒に焼いたのを冷たいまま食卓へ。もっとシンプルにすれば、コーンビーフや卵のサンドゥィッチなど、変幻自在だ。

西洋料理でコールドが多彩なのは、安息日との関係で発達したことが大きな理由だろう。肉はホットにもコールドにも向く材料だし。うちの場合もおおぶりの肉料理は、パイひとつでもゆたかな感じで、夕食はゴールド・ディナーだ。しかも翌日、翌々日も使えて、あとがラクというおまけもある。

パイにすると、ひき肉料理もお祭りみたい


「ママ、今度の土曜の晩は、アミは留守よ。〈ペリニィヨン〉だから」先週、娘が警告した。
「なにか作っておいたほうが気楽じゃない?」
「ソッカー。忘れてた、捨てられちゃうんだー」
「だって、ネコたちとノビノビじゃない。早めにコールドミートつくっておけば」

こういう日もある。彼女は友達数人と銀座で食事。カレンダーを見たら、その週末は三連休だ。しかも大型台風がやってくるらしい。外はビショビショの日、乾いた快適な家でネコとのんびりは悪くない。
「じゃ、よけいすてきなコールド・サパーにしなくちゃ」
ひとりでスパークリング・ワインを開けるのはちょっともったいないから、ロゼを冷蔵庫へ。
「ねえ、和食って、コールド・サパーに向くものって少ないんじゃない?」あたまの中であれこれ思いめぐらせて言った。アミも同感だ。
「お刺身はその場で切らなくちゃダメ。冷たいおそうめんは好きだけど、前につくっておけないし。冷や奴はそれだけじゃ食事にならないし」

私が思うに、日本料理は、冷たいものはその場でさっと作るのが身上。包丁さばきが生命で、作ってすぐ食べるのが、いのち。作り置きはきかない。
「中華ならコールドはいろいろあるわね」私は思い出した。「マーライヤ・パイチーは、ホールチキンのコールドよね」熱湯に三十分浸けるのを三回繰り返す料理だ。
和食はいろんなものを少しずつ食べる、いわばコース料理で、西洋の家庭料理みたいに、一品をどかんと作り置きして、それで晩の食事になる、というものは、おでんぐらいか。でも夏は食べる気がしない。

レセピのカードをひっくり返して、その晩のためにオーストラリア風ミートパイを用意した。パイ皮はまえに練ったドウが冷蔵庫にストックしてある。初日、中身のひき肉を玉ねぎと炒めて冷蔵庫へ。翌日はマッシュルームやセージをチョップして炒め、チーズを卸す作業。最後にパイ皿にパイ皮を敷き、ひき肉とマッシュルームを段々に重ね、上にチーズを撒いてオーヴンへ。段階別にヒマを見てやっておくと作業は気楽だ。ビーフブイヨンで、パイに添えるジェリーも用意。こうして私は、ラクチン・コールドサパーを手に入れた。「備えよ、常に」ができるとラクだ。

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