No.259







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●街の魚屋さんを覗くと、いつも「さあマグロ・マグロ・マグロ…」なんて叫んでるし、魚を物色するお客の顔も「うん、やっぱりお刺身はマグロよね」という風に見えたりする。常日頃、自らは敢えて鮪(まぐろ)を所望することもない儂は、何だかとても不思議な気がする。況(ま)して鮪の脂身を生食するなんて以ての外と思うのだ。山の神様は鮪ではなく虎魚に御執心だ。カミサマじゃない只の山賊の儂だって、やはり虎魚(おこぜ)には目がない。山賊のくせに山川の魚類には興味が涌かず、海の、それも笠子とか鰍(かじか)とか…格別器量の悪い不細工なやつ、藻付き岩付きの魚たちにぞっこんなのだ。儂も今は下界に燻(くすぶ)ることが多いのだが、海無し県に住まう関係か、好みの魚に出会える機会は多くない。お店が張り切って仕入れても、買う人が少なければ、次に出会える機会は一層心細くなる。…それは兎も角、今回は何故か鯔(ぼら)である。鯔の刺身を初めて食べたのは十数年前のこと。テントとスキーを担いで移動する途中の町のスーパーで見つけた。イナに近い小振りのやつだ。爽やかな甘さがあって、鯔吹くわけじゃないけど意外といけた。何処で獲れたのかを店員にしつこく訊ねてから買った。鯔といえば、かつて、あの臭くて汚い(臭くて汚かった)隅田川の河口辺りでピョンピョン跳ねてる姿しか、思い浮かばなかったからだ。食べられるとは思えなかった。最近、近くのローカルスーパーにこの不遇な魚がちょこっと顔を出す。色形がよくバカ安なのに、案の定ほとんど見向きもされない。儂の独り占めだ。丸ものじゃなくて既に下ろしてあるから珍味のオヘソは無し。鯔は決して卵巣だけの魚じゃないってこと。ところであのカラスミってやつ本当に鯔の子なのかな?

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