No.260







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●前号の延長である。儂らが徒党を組んで伊豆の島々を襲った(遊びに行った)のは一昔も前のことで、それがどの島だったのか咄嗟には思い出せない。宿の朝食を摂る前に数名がふらりと散歩に出掛け、足は自然に島の港へ向かった。大きな船が横付けとなり大漁の荷を揚げているところだった。見上げれば、溢れ散る魚たちが鱗(うろこ)に空と海を映して鮮やかなコバルトに輝いていた。スゴイ! と息を呑んだ。「あれは何?」と訊くと、近くにいた港の男が「メダイ」と答えた。そう教えられたから、長い間ずっとそう信じていた。どうも違うらしい。色・形からすればアオダイではないのか――。足元に転がった一尾を、男は無言のまま儂の方へ投げた。儂は伊東の旅館のコマーシャルみたいに胸に受けて抱えた。アリガトよ。儂らはトロ箱を拾って岸壁の端へ行き、腰に差した小さなマキリを使って不器用にその魚をおろした。醤油を略奪すべく一人が近くの民家へ走った。山葵(わさび)を調達できなかったのが残念(ビールを調達できなかったのはもっと残念)だが、いい歳のオヤジが、岸壁に座り込んで海を眺めながらこんな風に刺身を喰らうのは、この上なく格好悪くて、かつ愉しい。山を降りればすぐそこに海…というお国柄だから、「岸壁に腰掛け海を眺めながら(ビールと)刺身を愉しむ」スタイルは、山賊にとって決して珍らしい場面ではない。普通は最寄りの小さな魚屋で買う。地の魚の名は何度訊いても聴き取れなかったり、一度は覚えたつもりが直ぐに忘れてしまい、大抵はもう分からない。「こいつは深海物でね、捌く前は二メートルもあったんだぜ」なんて聞かされて食った魚でジンマ疹に罹ったこともある。たぶん虫にでも中(あた)ったのだろう。

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