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北極にはシロクマ、南極にはペンギンが棲む。同じ寒い極地で、なぜこういう棲み分けがあるのか、自然てフシギなもの。
いまの日本も、これに似た、ちょっとコミカルで、でも実際は大まじめに深刻な状況にあるようだ。

朝、新聞を拡げてさっと目を走らせると、石油系燃料の値上げを引き金に、最近は食品の値上げの記事ばかり。まるでドミノ倒し。パンが上がる、パスタが上がる、サラダオイル、オリーヴオイル。実際、店で買うチーズも肉も、すべてこの数年で高くなった。チーズの中には、二倍になったものもある。

一方では、年末の『ミシュラン東京』騒ぎ。初版十二万部があっというまに売り切れた日本。もしガイドブックを買うこと、イコール行って食べるにつながるなら、不景気をものともせず、高いレストランによろこんでお金を払う人が大勢いることになる。

なんと東京には、十八万三千軒の食べ物屋があるそうだ。パリはたった一万二千五百軒というから、東京の約七%。いくら東京が百万都市といっても、パリは世界中から観光客が集まる世界の都だ。この数の違いは何を示しているのか?
東京人は食べ好き? 金遣いがあらい? 江戸っ子の時代から初鰹に大金を投じる粋の見栄っぱり?家庭の食事はいい加減で、外食するライフスタイル?
でもこうした状況をノース・ポールにたとえれば、サウス・ポールには、食品値上げと生活防衛が横たわっている。この矛盾は何なのか?

月末に勘定書を見ながら、私はアミに言った。
「うちって、お金の使い方が生活費ばっかりね。食料品、暖房と電気、クルマ、ネコの餌と砂」
「そうよ!」アミの応えも打てば響く。「欲しいものなんかないし、外食も、友達や家族とたまにね!」
「秋の終わりからこっち、主な買い物って、食料品だわ。粉、パスタ、オリーヴオイル、砂糖、無塩バター」まるで冬眠まえのリスみたいに買いこんだ。粉は、パイやケーキは当然、ときにはピザも皮からうちで焼くから、たくさんいる。
「クルマが変わってて、ほんとによかった!」
十九年近く乗ったガソリン食いのスポーツカーと分かれたのは子捨てみたいで辛かったけれど、いまは燃費のいいアウディで、大食いのクジラがトビウオに変わったみたいでホッとする。

クツも、以前はフェラガモが好きで、シーズンごとに、新しいデザインを見てワクワクしたのに、クツもクルマと本質は同じだ。キカイで走るか、足そのもので走るかの、道具とスピードのちがいだけで、移動の基本は、安全で滑らか――に尽きる。

うちでは、足の健康にいい歩きよいクツに切り替えて五年。ドイツのガンターを、しっかりヒモを締めて履くと、歩くのも走るのも、立っているのもラクラク。ファッションも視野にはいったデザイン。スマートなヨットで陸地を歩くみたいな感じ。トラックじゃない。

値上げ時代、リスの苦労が身にしみる



私の予感は、ライフスタイルが変わる?――ということだ。二十世紀最後の二十年が、高度成長と生活向上、背伸びしても贅沢をする、スノビッシュなプチブルの全盛だったとすると、二十一世紀の始めは、ヘルスとヘルシーライフの時代になる。
贅沢はもういい、それは個人個人が好みでやるもの。でも緑の地球の継続と、生き物のサヴァイヴァルは緊急の課題だ。いい空気を吸い、汚染されない食料を食べ、生き物すべてが生きること。

一方では、外国も日本も、活字メディアは贅沢品をウリにしている。華麗なジュウェリー、どうやって歩くの? というピンハイヒール、ふわふわ羽根の頭飾りなんかを見せてくれる。デパートに行けば
「これが売れるんですよ」と、どう見ても実体五万円のジャケットに、三十万円の値札のイタリアの人気デザイナーの作品を見せられる。
きれいなものはきれいだ。でもそれを楽しむ環境が日本にそろっているの? 環境に欠かせないのは、街の美しさ、安全で快適な道路、女にすてき! という目線を送るオトコたち。ハイヒールの女がバッグを取り落としたら、さっと拾ってくれる、気のきいた紳士。まず、いない。

映像メディアは、世界の新しい空気をすばやく伝えてくれるから参考になる。イギリス映画に[Kinky Boots]というコメディがある。男がお固い紳士靴の工場を相続したら、倒産寸前。悩む彼は、ふと知り合った女装男のダンサーのために、セクシーなブーツを造る羽目になる。でもこれが大ヒットするという、実話が元のストーリー。
「ブーツはセクシーでなくちゃ! カカトは細くて高いものよ」と女装男は宣言。「平たいカカトなんか!」紅いセクシーなブーツで腰を振って歩く。

ガンターのクツは、赤やブルーやストライプもあるけれど、やっぱりキンキー・ブーツはステキに見える。でもサンプルを見るなり予約した、この春夏のガンターは、キャンヴァス地に派手な果物を大きく一面にプリントし、底は厚く白いラヴァー。別のセクシーさだ。これを履くと、カカトの構造のせいで前傾姿勢になり、ものすごいスピードで歩ける。
贅沢の中身、生き方の中身が変わりつつあるのが、こんな端々にも仄見える。

新聞には、安い材料で「おなかいっぱいになるよう」レセピ付きで売る店が人気、とある。ブタコマと白菜に、大根一本を摺りおろす鍋物とか。伝統料理の見直しはいいことだ。
でも、これだけで生活が守れるの? 安い材料とお鍋の組み合わせで、エネルギーの必要な若い家族に長続きするか? 生活防衛は、もっと根本からの立て直しだ。安くて健康な素材、自分でつくる、新しい料理法をものにする――三点が基本。大量に作って二食分にするのも効果的。いま食のマーケットは、世界とつながって多様な品があり、料理の情報もあふれている。牛のホホ肉やスジ肉など安い素材に、オリーヴオイルやバルサミコ酢を使う、パイやケーキを手作りする。既製品に頼るのをやめ、積極的にアタマと手を使う暮しに切り替える。そのほうがずっと明るく、楽しいじゃありませんか。


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