ムダな買い物をしないつもりでいるくせに、つい落とし穴に落ち込んでしまう。八年まえ、ディロンギのアイスクリーム・メーカーを買ったのもそれ。売り場の男の「おいしいですよー。太りますよー。私もうちで作ってます」にふらり誘惑された。ちょうど読んでいたブラッドベリにも、アイスクリームを子供たちがつくる場面があったのだ。
その夏は、やたらアイスクリームを作った。かんたんで、おいしい! 材料を入れて、自動で羽を回すだけ。買うまえに、何回作れば元がとれるか計算した。道具をムダ買いしたくなかったから。
「十六回つくればいいのよ。じゃ、大丈夫だ!」
ところが、いまその道具は戸棚のなかで眠っている。飽きたのじゃない、フリーザーが困るのだ。作る前に八時間、冷やさないといけない。液体窒素を内蔵したキカイなのだろう。フリーザーは、元々パンやニク類で満杯気味なのに、最近は生活防衛のストックが増えた。図体の大きなモノを入れる余地がない。十五回を最後に挫折した。その話をアミが商社マンのいとこにしたら、彼は大笑した。
「原価計算してないね。原価いれたら、回数はもっとになるよ」
ナール! そこまでは考えなかった。
もっとも、料理道具は、あまり採算を勘定すると、買う決心がつかない。ムーランを昔、思い切って買ったけれど、これでポタージュやムースを作るのがラクになった。バミックスも、ル・クルーゼもそう。いい道具は安くない。えぃっと思い切ることが必要だ。
パスタマシンは、ちょっと使ってあとはお蔵になっている。二人がかりでやらないとうまくいかないのだ。でもドウをこね、これでニョロニョロ、長ーいパスタを引っ張りだしたときはユカイだった。いつも採算を考えていたら、お料理なんか楽しめないし、進歩もしない。道具を買うかどうかは、あなたの作る熱意、プラス、キッチンのスペースだ。
アミは料理好きだからいろんなフシギなものを買ってくる。直径三十三センチもあるアルミの円盤に無数の小穴があいたのを得意顔で持ち帰ったこともある。
「何、これ?」私は疑いの目で見つめた。
「ピザ焼くプレート。ウィリアム・ソノマよ」
呆れたけれど、これで焼いたら下の穴から蒸気が逃げて、カリッと仕上がった。急にプレートは見直された。東急本店が扱ってた時代の品で、もう手に入らない、出逢いのチャンスだった。そんなわけで、うちではピザも、粉をこねて最初からこれで焼いたりする。いい材料をたっぷり載せるから、味は最高だ。
浅草でほうろくを売ってる荒物屋を見つけて、感激して買い、銀杏を煎ったものだ。でも最近は箱にいれてチンして、ラクチンがっている。堕落はあっというまだ。そこもいまは店をたたんで、ついに浅草も「ほうろくを買える街」でなくなった。ちゃんと料理して食べることと、ラクチン・省力の間には、マラッカ海峡ぐらいの開きがある。 |