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とびきりの朝のうまさのゆしどうふ
生まれたばかりの湯気をたたえて 俵 万智

私たちが幼い頃は、島産の大豆は立春の頃に豆を蒔き、六月頃収穫したものです。大豆は祝の席や法事の時の大切な宝物、自然の恵みですから大量に生産したものです。今では作付けする人も少ないのが残念でなりません。今でも粟国では、豆腐は晴れの日の祝の品として贈り物に添えます。

豆腐を作る工程は、まず豆を挽きます。皮は臭みの元ですので、丁寧に取ります。豆を水に漬けます。冬場は十二時間、夏場は四〜五時間程です。ふやけた豆を碾き臼で挽くと真白の塊が桶に溜まります。挽き終えたらそれを木綿袋で漉します。漉したものを大鍋に入れて炊きます。

そこからは、俵さんの『九十八の旅物語』〈朝日新聞社〉に詳しいのでそれを引きましょう。
「豆乳がぐつぐつ煮えているところへ、汲み置きの海水をばっぱーんざっぱーんと入れていく。と豆乳が固まりはじめる。粟国の豆腐は天然も天然粟国の海水を直接入れて固める。まだ固まりきっていない、あつあつの豆腐。これがユシ豆腐。大豆の香りがぷーんと迫り、海水がやさしい塩味を添えてくれる。ほわほわと柔らかな舌触りは「豆腐の赤ちゃん」といった感じ。鰹出汁と味噌で仕立てるのも美味しいが、そのままいただくほうが、豆や海の味が体じゅうに染みてゆくようで、私は好きだ。間違いなく、これまで食べたなかで最高の豆腐だった。」

沖縄では完全に固まっていない豆腐(ユシ豆腐)をよく食べます。豆腐木箱に流しこんで重しをのせ、水分を出しておよそ三時間で豆腐ができあがります。凛として白い豆腐がおぼろで淡く、山紫水明の地粟国の群青色と馴染みます。淡白で滋養分が深くて口へ入れると、とろけるように口のなかであっさりと溶け、舌端をうならせ、喉越し爽やかです。命の刷新がなされ、新たな命の細胞が芽生えます。豆腐は至高なタンパク質。栄養源としては最高の畑からの贈り物です。豆腐は、南国の風土、天候、文化の織り成す綾糸であり、切っても切れない関係にあります。豆腐作りはどの家庭も、母の姿であり、技であり、母の心意気なのです。

柳田国男の『海南小記』には「野武士の如き剛健なる豆腐である。華麗繊細なる都の絹漉どもをして、面を伏せ気萎えしむるべき豆腐である」と琉球の豆腐を絶賛しています。

方や究極の美食家で往時随一の社交家であり、琉球を訪れた藤田嗣治画伯とも親交を深めた尚順男爵は「真の美味珍味なるものは・・・豆腐である。」〈松山王子尚順遺稿『豆腐の礼賛』〉と述べています。あのスクガラス豆腐も、尚順男爵の創作だといわれておりますが、往時、辻町料亭(風月楼が代表格)街での板前といえば粟国出身でしたので、その当たりからの伝授ではと思います。
次回は琉球王朝秘伝「豆腐よう」をご紹介します。


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