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毎冬一度は風邪をひいて、ベッドにリトリートするのだが、去年は無事だった。今年もゲンキ! と安心していたら、寒い日にちょっと不養生したせいで、ついにやられた。結局三月は二週間、ほとんど家にこもっていた。風邪の間は、食事がさま変わりする。食欲がないし、料理が億劫だ。今日はそのお話です。

あなたは風邪をひくとどんな風に過ごしますか? 私はケミカルな風邪薬は飲まないで、うがいをし、漢方薬を、鼻風邪か咳風邪かで飲み分ける。さいわい勤め人じゃないから、ひたすらベッドでごろんとしている。そしてミステリーを読むチャンスにする。

風邪をひいたいちばんのサインは、毎朝、挽いていれるコーヒーが欲しくなくなる。「今朝はお紅茶」とダージリンティの缶に手を伸ばしたら、風邪なのだ。それでもその朝はトーストと半熟卵ぐらい食べた。ベッドでリリアン・J・ブラウンの猫のミステリーを読んでいたら、アミがやってきた。
「ママ、夜はどうするの?」
「そうねー。スープかなあ」
「おととい作ったスープ・ジャネットが残ってるけど、あれは午後飲んで終わりね」これはきざみ野菜たっぷりのスープで、お三時代わりに使いそう。
「つくるの面倒ね。キャンベル開けたら?」
「そうしよう! アミもちょっと風邪っぽいの。ママのがうつりかけなのかも」
その晩はキャンベルのチキン・ヌードルで生き延びた。お魚型とお魚の吐き出す泡型のこまかいヌードルが入っている。スープ以外に、その日いちにち飲んでいたのが、レモネード(炭酸水なし)だ。

熊野でつくられる純粋の蜂蜜「山の蜜」に、メイヤーレモンと氷をたっぷり。メイヤーレモンは、冬の間しか獲れない種類で、普通のレモンみたいにキンキンせず、やんわりした酸味がとてもいい。いちどに一個しぼってグラス一杯をつくる。
風邪にはどんどん飲むことだ。はっと気づいた。
「地球人倶楽部のショウガ紅茶あったんじゃない?」
「風邪のときぴったりよ! アミが先見の明で注文したのよ。新製品だったの」
飲んでみたら、ほのかなショウガ味がイガイガしたのどに気持ちいい。テトラポッド型のティバッグで、ティバッグ嫌いの私でも風邪にはラク! こうして紅茶一筋の私が、今回はダージリンとこれの二本立て、ノン、ノン、レモンを入れれば三本立てで過ごしたのだった。

ニクと野菜のスープで風邪ひきをサヴァイヴァル



やっと食欲が回復したのは、風邪をひいて四日目。アミははりきってキッチンに立って、チキンレッグに、きざんだクルミ、パン粉、バターとパルミジャーノをまぜて載せてオーヴンで焼き、オレンジのソースをかけるロブションのお料理をつくった。四日ぶりのちゃんとした食事、ふるいつくおいしさだ!

「寝てたあとに、よくこんなしつこいのがはいるわね」とアミは呆れつつ、「風邪にはガーリックが効くのよ」と、マリオのガーリックスープも作った。サラダはベビーリーフにタラゴンとミニトマト。これで私は、がぜん、元気が出た。
「やっぱり、おいしいもの食べなくちゃ!」
やっとスープ・オンリーの生活から脱出した。

その日は人まかせだから、ラクだった。でも、次の日になると、まだあまりキッチンで働く気がしない。一人がそうだと、もう一人ものらない。
「どうしよう?」「どうする?」
なんて顔見合わせ、猫のやわらかい毛皮をなでてぼんやりしているうちに、陽は傾きはじめる。
「アミもなんだか、喉が痛い」彼女もぼやく。とうとう、その後の数日は、いい加減料理になってしまった。
運よく、リーガロイヤル・ホテルの取り寄せ料理が来ていた。これは「ベース 」というオーダー用メニュがあって、注文して三日目に届くシステム。配達日を指定して、全国一律に六百三十円の送料だから、とても重宝する。風邪を見込んだわけじゃないのに、風邪のあとに活躍してくれた。

私の好きなカニのクリームコロッケは、たっぷりのパン粉にまぶさっていて、ただ揚げるだけですむ。一人前二個で五百五十円。このコロッケは、ロイヤルホテルのレセピで私もよく作るのだが、ベシャメルソースから始めるから時間がかかる。これは最高のラクチン取り寄せだ。でも風邪は予定してなるものじゃないから、この方法で難関突破とはいかない。

そんなわけで、風邪の際のうちの切り抜け策は、ストック品とレセピのチョイスにしぼられる。日ごろ冷凍食品を使わないから、手抜き食事にファストフードの餃子を食べましょ、とはいかない。フリーザーにあるのは、スモークド・サーモンと野田岩の蒲焼きを別にすると、みんな、ベーコンやニク類のベーシックな生の材料ばかりだ。

したがって寝込んだときの手抜き食事は、常温で戸棚にストックしてある食料品から見つけるしかない。キャンベルのスープ、リーガロイヤルのレトルトカレー(これはだんぜん、ビーフがおいしく、値段も手頃)、一人前のパック十個入りのタイの春雨も重宝だ。これは袋を破いてスープに落すだけで食事になり、軽くて食べいい。

私の次にアミが風邪で寝込むと、私はアタマとレセピを総ざらえした。「あ、あれにしよっと」
フリーザーに、地球人倶楽部の「ろくなんべー/骨付きベーコン」という塊がある。山のハム工房ゴーバルでつくっている軟骨入りベーコン。黒っぽいやや平たい塊、黒胡椒をまぶして薫製してある。これをお湯で二時間煮込む。ポテト、にんじん、セロリ、たまねぎなどを、大きいカットで最後にいれ、三、四十分さらに煮ると、スープと肉と野菜が同時に出来上がり、数日使えるディナーになる。煮詰まったら水と野菜を足せばいい。

風邪ひきがひとりいると、レモネードをつくる、ショウガ紅茶用にお湯のテルモスをベッドに運ぶ、紅茶をいれる…… 用事は切りない。しかも四匹の猫たちの食欲には「待って」がない。こうして三月は、いそがしく明けくれた。


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