308


キュ、キュ、キュ、大きなふきんを左右にひろげ、両手で持ってミート皿を拭く。その音も、さっと拭けるのも、ブルーと白の太いストライプも、気分が明るくなる。

「最初どうかな、と思ったけど、イケアのこれ、具合いいわね」私はアミに言った。
「そうなの! リネンじゃないな、って思ったけど、この大きさがすてき」
スゥェーデンから来たイケアに買い物に行った人なら知っているけれど、シンプルなデザインの家庭用品が、たいへんリーズナブルな値段で売っている大型店。いまは港北と船橋、神戸に三店ある。

ふきん、つまりキッチンクロスは、あるときイケアで、くるっと丸めて四枚ひとかたまりで、たった百九十九円と値札がついていた。Elly(エリー)という名だ。手にしたアミに「リネン?」と訊くと、「コットンよ」
ちょっと失望顔の私に「この値段なら試してみる価値があるんじゃない」アミが言って、試しに買ったのが、当たった! 大きい、模様が白地にストライプや格子でラブリー、吸湿性がいい。そのよさに対して、一枚当たり五十円とは、すごい安さだ。

ほんとを言うと、私はリネンのふきんがいちばん好き。ミュンヘンのベッテンリッドのリネンのクロスは最高だけれど、リネンは高い。イケアには、Admete(アドミテ)という名のリネン百%を二枚八百九十九円で売っている。イケアだとこれはとても高く感じる。その日はエリーだけにした。その後、結局アドミテも買った。

「おふきんて、フシギなものじゃない?」
私は拭いたグラスをしまいながら、アミに言った。
「うちは『暮しの手帖』のおふきん一辺倒だったでしょ。あれも日本製では大きいんだけど、外国製にくらべれば小さ目、それを半分に切るひともいるわ」
ある夏、軽井沢の姉の家で暮しの手帖のおふきんを半分にカットにして使っているのを見て驚いた。私は思わず、
「れれ、半分に切っちゃうの?」
「だって、お茶碗はこれでいいのよ」
なるほど、ご飯茶碗とお椀、お小皿の食事なら、それでいいのかも、と思ったものだ。ふきんのサイズは食生活の習慣と関連している。

ベッテンリッド(BR)のリネンとイケアのリネン(アドミテ)、イケアのコットン百%(エリー)、暮しの手帖(日東紡/コットン&レーヨン混紡、縮小率十五%)の四枚を重ねると、この順に大きいほうから小さくなっていく。
BRとアドミテは七十×五十センチ。エリーは六十五×五十、暮しの手帖は七十五×四十だが、使っていると六十五×三十八に縮む。ミート皿はたいてい二十七センチあるから、大きいクロスが使いいい。私は永年、手帖社のおふきんを愛用してきたけれど、ここへ来て輸入ものが増えて、幅広・大判でしっかりした布地の外国製に傾きつつある。

ムーミンとイケアでキッチンは陽気


日本製のふきんが小さめなのは、使うお皿のサイズに左右されるからじゃないか、と気づいた。和食はそもそも、小さい器をいくつも使って、なりたつ食卓だ。料理屋なら、突き出し、お刺身、お椀、向こう付けとつづき、焼き物だって、そう大きなお皿ではない。
家庭の食事はもう少し簡素にしても、基本的に、ミート皿のサイズは食卓に出てこない。だから日本製の皿洗い機は、洋風の家庭には合わない。本式のミート皿は、天井がつかえて、はいらないのだ。

お皿のサイズと数をヴィヴィッドに思いだしたのは、ある本のせいもある。サライが毎年誌上で発表する「はがき絵大賞」の審査を数年続けているが、ある年、福井のシニア、多田邦夫さんが、食事の様子をこまかく絵日記風に描いて大賞をとった。

彼はその後糖尿病で入院し、ひと月以上の病院食を、また絵日記で本にした。それを見ても、病院のような合理的にするはずの所でも、朝の器は四つか五つ、昼と夜は六つほど。洋風なら大皿一枚ですみ、それにパン皿か、サラダボウル程度だ。小さい器たくさんが、和食の運命なのか?
日本製ではいちばん大きいらしい暮しの手帖のふきんは、十人の女性に半年使ってもらって、一九六〇年にこのサイズに決めた、半世紀近い伝統商品。当時は大きすぎるから小さくしたら、という声もあったのを、このサイズにしたと大橋鎮子さんの話し。

食べる食品によっても、ふきんは変わる、と気づいたのは、ちょうど目にしたある新聞記事。インターネットでアミが見つけて、「ママ、ネパールじゃ、黄色のおふきん売ってるんですって」と呼んだ。「ええ?」とコンピューターの画面を見ると、黄色いふきんが棚に山積みになった写真もある。料理にターメリックをたくさん使うから、ふきんが黄色くなって汚らしくなる、それを防ぐためだという。ターメリックはカレーに入れる香辛料で、カレーを黄色く色付けるのは、このパウダーだ。黄色の濃い鶏卵は飼料にこれを混ぜている。
「そういえば、ネパールのきゅうりとポテトのサラダ、ターメリックをたっぷり使ったじゃない!」
思い出した。キッコーマンの「世界の料理」教室で知ったレセピにあって、夏場はとてもおいしい。

私の好きなキッチンクロスに、アミが東急本店で「高いんだけど、あんまりすてきなんで」とおそるおそる買ってきたスゥェーデン製の一枚がある。北欧の子供の絵本で大人気のムーミンを、プリントでなく最初から織り込んだ厚地のクロスで、色はグレイの濃淡だけの、ちょっと見には地味だがとても美しい台所のハンドタオル。

北欧でこれだけの品が作ることができて、経済大国のはずの日本で、キッチンクロスのような、地味だけれど、暮しに基本的に必要な品が、四十年以上まえにつくられた暮しの手帖のふきん以外にいいものがないとは、おかしな話しだ。
華美な衣料品はいくらでも作るのに、暮しに欠かせない品では、外国製に及ばない日本。どこかまちがっている気がするではありませんか。

.
.


Copyright (C) 2002-2008 idea.co. All rights reserved.