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「おトク」という言葉は、自分の肌を「おハダ」というのと並んで下品でイヤ。なぜ単純に「トク」と言わないの? こういう妙なブリッ子言葉は、ピンクの下着をちらつかせる感じでゾワッとする。 

倹約の時代、私たちは言葉のブリッ子をやめるのはもちろん、暮しをスリムにして、家族で楽しむ、さわやか生活を再発見したらどうだろう?

早起きは三文のトク、は昔から日本人が言ってきたことわざ。チリも積もれば山となる、というのもある。米相場から山種証券の創業者にまでなった山崎種二さんは、その体現者。米問屋の小僧時代に真っ先に起きて店先を掃除し、落ちている米粒を拾って溜め、売った小金を元にして米問屋、そして最後は一流の株屋になったので有名だ。

しかしアタマも使わなければ――が倹約の大事なポイント、そしてヤマタネの教訓でもある。彼の祖父、兵衛は「働き一両、考え五両」がモットーだったという。「身を粉にして働いて一両稼ぐ(だけ)、でもアタマを使えば五両稼げる」――頭脳だ! アイディアだ、という教え。
不景気が世界中で加速した二〇〇八年の十一月以降、ニュースは景気のわるい話しばかり。すると人の心もフリーザー並み、ブルル! である。新聞を開けばコンビニで百円野菜が売れ、安いお弁当も人気という。コイン一つで野菜が買える。トクだ、倹約だ!

でもちょっと待って。それはほんとにトクなのか、それとも、コイン一つに釣られた安易な逃げ込みなのか? アタマを使ったら、もっといい方法があるのじゃないか? 百円野菜の質はどうか? コンビニ弁当に添加物はないか、栄養的には? 安さだけで、商品を考えてはダメだ。
モノの価値は、value for money, そのモノの質が出したお金に見合っているか? そのモノは買い手のあなたに、満足と、さらに喜びを与えているか?

マーケティングの要はそこにある。たかが菜っ葉ひとつ、ランチひとつに喜びまで期待しない? それがあなたに、出したお金に見合わないソンを与えているとしたら? 

倹約しても、暮しを貧しくしたくない。気持ちをささくれさせてはノー。アタマを使い、お金を効果的に使って、楽しく暮さなくちゃ。「私は女よ!」「はしためじゃないのよ!」を忘れちゃいけない。

私が最近、心がけるのは、早起きして行きつけの店にオープンと同時にはいること。昨日のニクが、十%、あるいは二十%下げて出ているし、クリームの一リットル入りが期限じきだと三十%、五十%引きになっているかもしれない。モノポリー(ゲーム)の〈チャンス〉みたいだ。

これはいわゆる「朝一」で行かないとダメ。あるとき、お店の人に「このごろ、お肉の安いのに出会わないわ」と言ったら「フィリピンの方が朝、買ってしまうんですよ」。以来、フィリピーナに勝て! のゲームをしているみたい。

たがいにハロー、小さな贈りもの 手づくり野菜


食の安全の読者アンケートが新聞に出るたびに、私がおや、と思うのは、国産にこだわる人が多いこと。いまは国境のない時代。バター、ニク、農産物、魚介類、世界中からはいってくる。今日もある有名店で、アイスランドのかれいの一夜干しを見て、おもしろい時代だなと思った。

問題は国産すべてを鵜呑みにするのでなく、良質で安ければどこの国の品でもいい。逆に特定国崇拝もヘンなもので、カリフォルニア産のマンゴーとフィリピン産のどっちが安くおいしいか? そこを見極めて選ぶのは私たちで、ブランドに私たちが選ばれるのではない。

食品の安全と質は、輸入の際、そしてその店が仕入れる際の、二つの関門でチェックがきちんとされていること。「チャイナ敬遠」はわかるけど、アタマからの国産崇拝・外国排撃は、フード・ショウヴィニズム(食品排他的愛国主義)。かえって、悪徳業者の「国産ニセ表示」をはびこらせる。

クスッと笑ってしまうのが、山のような肉売り場に「どこそこの黒豚」なんてずらーり表示してあるときで、日本では、黒豚君が一年で急に大きく育ち、分裂して増殖するらしい。

おいしいモノは自分で見つける、良心的な店も、たびたび行くうちに自然に開拓し、親しくなって生まれるものだ。倹約の時代、お金を生かして使う時代は、全体を見直し、大事に、うちで楽しむ暮しをするチャンスでもある。

すべてはあなた次第だ。スリムになろう。義理づきあいをやめる、衝動買いをしない、家で料理して食べる(最も効果的)、お弁当をつくり持って出る(オトコもつくる)、自販機は使わない(水を持ち歩く)、おなかの空いているときスーパーで買わない(余計な品を買う)、セール品にだまされない(安物買いの銭失い)。

ヤマタネ流の「アタマ五両」に当たるのは、必要な品が安いときはまとめ買いする、買い物はリストをつくる、女同士のつきあいは見栄がらみで出費がかさむから臆せずノーという(「お食事して帰りましょうよ」「あら似合うわ、お買いなさいよ」)。

良質の商品を安く売る店を使う(IKEAで日用品やペットやキッズ用品)、近所の古くからある良心的な店を使う(小容量の品を置いている、主人がおまけしてくれる)など。

主婦感覚をビジネス感覚に変えよう。安い品をまとめ買いするのは、お金を長期投資するのと同じだし、コストコで友達とグループ買いするのも共同仕入れだ。 人と人のつながりを大事にしていると、思いがけない食料が飛び込んでくる。「心三両」と言えるかもしれない。地方の友達が畑や果樹園の作品、手作りのチマキや干し柿をドカン! と送ってくる。それを東京でお裾分けすると、そこからまた、何かちょこっと食べ物をいただいてしまう。

お裾分けには、日本的な形式を捨てよう。リンゴや富有柿を二つ、三つなどちょっぴりが、いまの小人数の家庭には負担にならない。でも「少しじゃ変だと思われる」なんていう気にし屋もいて「気の毒だな、人とのきずなを強くするチャンスを逃して」と私は思う。

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