312


新しい年になって、うちでほっとくつろげるのは中旬をすぎてから。一月十日前後に、大勢のビュフェパーティをするせいだ。友達五十人に声をかけて誘うと、結果は三十人ほどのお客が、午後いっぱい、八時頃までうちじゅうに溢れる。

ビュフェだから気楽だけれど、お料理は人数分ではダメ。余分に用意しておくのがビュフェの基本だ。これは中国風の招待哲学かもしれないが、お客がいるのにテーブルが空になってはいかにもショボン、帰り時間にも料理が食卓に輝いていなければ。心得た親しい友達は、好みの料理をしっかり持ち帰る。

そんなわけでクリスマス頃からメニュを詰めはじめ、全体のプランを立て、買う品のリストをつくって注文し、料理の下準備にかかる。パーティまで五日の余裕が欲しいのに、たいてい最後の四日はキッチンで一日中立ち働いて「新年ツカレター!」になる。
パーティのあとはお礼の電話やカードがきたり、アミと二人で反省したり、これまた多忙だ。電話ではおしゃべり雀に変身する。

「お宅は場所が便利だし、ボロ家だから、みんなが気軽に集まるんだよ」と古い友達。

「もう始めて四十年じゃないかな」別の男が言う。

「最初は年も若かったし、お料理なんていい加減だった」と私。料理不得意時代には、若い秘書娘たちの手づくりや、友達がうちで作った炊き込みご飯の失敗で慌てたこともあった。遅れてきた彼女は、あわてて電気釜にお湯を注いだのだ。

「あなたもいまは料理うまくなったよね」ニックネイム、ホラ吹き男爵がニヤニヤしながら褒めた。

「昔とは、おサルが料理するぐらいちがうわ」私は遠慮なくうなずいた。私にはアミという上等な料理人もいる。そしていまはロブション、コルドンブルウ、〈開新堂〉の山本道子風、イタリアンなど自由自在。でも結局このパーティが続く理由は、こちらの努力のせいだけじゃなく、来てくれる友達大勢がいるからだ。

「こんなことでもないと友達とゆっくり会えないからね。外の会は半分仕事でしょ、時間限られて落ち着かないし」と言ってくれる。

「ここにくるといろんな人に会えていい」という人もいるけど、私のパーティの原則は、仕事だけの関係は持ち込まないこと。友達とのつきあい、つまり気軽な社交であって、異業種間交流ではない。

「よろこばれる割に家によんでくれる人、日本て少ないわね」と思い出すようにアミが言った。
「ひとの家の食事って、いろんなことが参考になるのにね。だから西洋人て、パーティ上手になるんじゃない?」

考えると、両親はひとを家に招いていた。戦前の笄町の洋館にも、戦後の永福町の和風を改造した簡素な家にも、その後の松濤の広い家にも。家の「つくり」は関係なかった。育った環境がその後のライフスタイルを決めていくから、私のパーティ好きは、親の影響があるにちがいない。

家庭の味は秘密のレセピ


「日本人は家によんでくれない」欧米人がふしぎがる。彼らは小さなアパートでも、ともかく遠来の客は自宅の食事に招く。それがもてなしの精神だ。出すものは質素でいい。自力でできる範囲だ。

日本ではとかく「家が粗末だから」「妻がいやがる」と家にひとを招かない。ひとつにはジェンダー区分けのせいで、料理は妻のみ、夫は会社一筋だと、妻は女同士、夫は男同士と友達が偏って、夫婦での社交がなりたたない。

ジェンダー・フリーでグルメの男は、まめに料理するから、独身でもちゃんとディナーでよぶ。ニックネイム「ホラ吹き男爵」は、堂々と六、七人を揃えて私の還暦パーティをしてくれた。別のときは、〈丸梅〉の女将さんと〈開新堂〉五代目になる山本道子さんを交えたフカヒレ・パーティもある。料理人は「みなさん怖がってなかなか招んでくださらないから、とてもうれしい」とよろこばれた。

フカヒレは横浜でフカヒレの大缶を買って、水から長時間茹で、ちゃんとした料理に仕立てた。冬瓜をくり抜いて肉詰めのスープを出したこともある。こういう、シンプルでスケールの大きい料理は男性向きで、よばれ甲斐がある。

イギリス人のフランシスも、よく家によんでくれた。後年はタイ人のコック「おばあちゃん」がすばらしいタイ料理を出してくれたが、それ以前はぜんぶ手料理だった。広いワンルームを、大きな骨董のタンスでキッチンと仕切った床に箱膳を置いて、古い日本の食器を使った。

外国暮しが多い家庭は、招き上手だ。アミのいとこ夫婦の家に招かれたときも、なるほど! と感心材料が多かった。各種温野菜を、楕円形のサーヴィス皿に六つほどの塊にして載せたのを、とりまわす。メキシコ帰りで、メキシコ料理だったから、シャボテンの模様のグラス、現地の重い土っぽい陶器も雰囲気を盛り上げた。アミが感心した。「ほうじ茶をオーヴンにちょっと入れてからお茶をだしたの。直火で炙らずに、食卓を空けないでアタマいいわ」

そんなわけで、ひとの家に招かれると、インテリアから食器のアレンジメント、メニュのたてかた、たいへん参考になる。花の飾り方や、トイレットの整えかたも、お勉強材料だ。

私たちはもっと気軽によんだり、よばれたりをすれば、社交下手から浮上できる。パーティーは社会性と友情を築く大事な場。いちばん困るお客は、大勢のパーティなのに、親しい友達同士で固まって初対面の人と話しをしないひと。人見知りというより、話題を探して会話する努力をしないのだ。

つきあい上手になるコツは、一に自分の考えをフランクに話すこと、二に気取らないこと、三にお世辞は厳禁。つまり日本で、ひととのつきあいに大事だと思われていることを全部捨てることだ。無難は退屈の同義語。相手の仕事を訊くのも、あなたが最近見た映画、旅行など話題は自由に、思ってることを話す。国際機関に日本人が少ない最大の理由は「日本人は自分の意見を言わないから、多数で協力する所には向かない」。世界をひろげよう。


.
.


Copyright (C) 2002-2009 idea.co. All rights reserved.