風邪をひくのは寒いときと相場がきまっている。
だから、半袖Tシャツの日がつづいたあと、やたらくしゃみが出た私は、やだわ、花粉症だわ、といいながら、一日がかりで書斎のあちこちをかきまわしていた。探し物である。
相手はうすべったいモノ。コンピューターにソフトをインストールするためのCDを七、八枚。ところが、あるはずの引き出しにまとまっていない。やっと全部そろったのは夜中で、私はへとへと、そして花粉症でなく、本物の鼻風邪とわかった。万葉集の貧窮問答歌がぴたり表現した「鼻ビシビシ」でケチョンとする。ヒャー風邪だ! とあわてて寝たけれど、翌日は七時半には起きだした。
〈アップル銀座〉に行く予約がとってある。前の日メモリがいっぱいでダウン寸前のiMac(デスクトップ)を、調整できるか持ち込んだけれど、新しい機種に替えたほうが効率的と判断し、その場で次世代マシンを買い、中身の入れ替えを頼んだのだ。アップルには、そのサーヴィスがあるのがありがたい。そのためには、インストール用のCDを届けなくちゃ。
「ママ、よかったわね。バースデイ、欲しいものなんにもないって言ってたから、これがプレゼントじゃない!」 アミが言った。
新しいマシンがやってくる! それは満月が昇るのを待つ気分。月〈moon〉はワクワクと関連するらしい。over the moonは「すごくハッピー、おおよろこび」のくだけた言い方だし、the moon struckは映画の題にもあるように恋に夢中になること。
思い出すとギフトでは親で同じ経験をしていた。
「ママ、お誕生日なにがいい?」私が訊くと、
「いらないわ。ほしいものないのよ」とママ。
「だってそれじゃつまらないじゃない」
若い私には、そんな心境が理解できない。当時よそにない斬新な品をそろえていた渋谷の西武で、ランヴァンの紫色のストールを、別の年は、ジョージ・ジェンセンでシルヴァーのタマネギ型のペアのキャンドル・スタンドを選んだりした。
いま私も、モノだらけ、これ以上増やしたくない、ほしいもの無い、の気持ちがわかる。
日々の暮らしで何がほしいか、何が好きか、必要度は? ひとによって、家庭によってさまざまだ。
「うちじゃ、だんぜんコンピューターね」
「それと、生きものだったら猫」
この二つは、無生物と生物だけれど、似ている点もある。どっちもよく動く、そして私たちによろこびを与えてくれる。これ無しでは一日も楽しく過ごせない。
コンピューターの値段は、今年と去年では驚くほど安くなった。アップルは高いランクにはいっているが、それでも安い。たとえば容量の大きい二十四インチのデスクトップは、去年の小型のラップトップの方が高い。アミがビックリ眼で言った。
「コンピューターにくらべると、TVって高いわね!自分じゃ働かないで、受け身に映像を流すだけの道具なのに。しかもろくな中身じゃないのよ」
「ほんとね! コンピューターは積極的に働くマシン、こっちから情報をいくらでも取れるけど、かたっぽは流れてきたものを吐き出すだけ。それで十何万もするなんて」
〇六年のクリスマスイヴにパチンと消えたうちの古いTV。四か月無しですませた後、〇七年の連休まえに薄型を買った。人々が買うスタンダードにくらべると一番小型の三十二インチ。うちではTVの順位は低い。 |