No.268








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●茹で蛸のスライスを何故“蛸刺し”と呼ぶのか…若い頃からずっと「?」だった。その薄片を態々シャリと合わせた
“握り”も(食して嫌なわけじゃないけど)さほど必然性を感じていない。だから何処かの店でそれを自らオーダーすることもなかった。ずっと東国の暮らしだから、西国のように蛸を生食する機会もそう多くはない。努力して求めることもなかった。あの変な姿の食いものに総じて興味が薄かったのだ。正月の酒の友に茹で真蛸を欠かさず、猶且つ年間を通してよく食すようになったのは、正直ここ十年程に過ぎない。「威張るな国産…蛸の分際でお前はそんな値段か」と驚きつつ、艶やかな肌合いに惹かれてついつい買ってしまう。その“刺身”の他に和・洋の酢のもの、はたまた蛸飯などにして食らう。蛸焼きだけは食したことがない。どうにも口にすべき物体には見えない。世間が蛸の足(脚)と呼ぶものは「腕」とするのが正式のようだ。俄には信じ難いが、夜陰に乗じて畑に侵入し、八本の腕で西瓜や大根を引っこ抜く奴がいるらしい。もっと信じ難いけれど、中には牛馬を海中に引き摺り込む大蛸もいるのだとか…昔からそんな法螺咄が伝えられている。うまいだけじゃなくてまこと奇怪な生き物である。七本腕の奴がいる。自分で一本食っちまったのかも知れない。中には五十六本だの八十五本なんていう(観音さんも真っ青の)腕沢山だってホントにいるらしい。儂がスーパーなどで買うのは、二本腕か三本腕ぐらいの極控えめの奴だ。変な話になってしまったけれど、前号で儂が「意外に饂飩好きであったこと」に気づいたのと同様、今回もまた「自分が最近、意外な蛸好きになったこと」に気付いたような次第です。

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