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日本中の著名人が足しげく通う「琉球料理乃山本彩香」をご存知でしょうか。あの演出家の宮本亜門さんに「山本さんの琉球料理が食べられるうちは沖縄を離れない」と言わしめた、伝統的な琉球料理を食べさせてくれる那覇にある山本彩香さんのお店です。彩香さんは、琉球料理界を牽引する琉球料理研究家です。この店がなければ、すでに忘れ去られ消えてしまった伝統的な琉球料理は少なくなかったと思います。味の素晴らしさは無論のこと、品格といい、洗練された盛り付けといい、私にとっても大切にしたいお店です。

山本彩香さん特製、豆腐よう
最近の沖縄ブームで、沖縄料理といえば、ちゃんぷるーなどのごちゃ混ぜされた料理が有名になってしまいましたが、彼女の生み出す料理は琉球王国が栄えた時代に品格と洗練を極めた宮廷料理の流れを継承し、再現させた本格的な琉球料理といえるものです。

琉球王国は、十五世紀初頭に成立し、その後四百年ほど続きました。中国と密接な関係にあり、琉球国王の即位を任命する冊封使が中国から遣わされ、その彼らを歓待するため王宮では華やかな宴が開かれ、琉舞が披露され、宮廷料理が振舞われました。その時の宮廷料理が今の琉球料理のルーツになっているのです。

その宮廷料理の中でも有名な「豆腐よう」(豆腐の麹漬)は、最近まで庶民には高嶺の高級料理でした。彩香さんの料理は、その「豆腐よう」から始まります。沖縄の「豆腐よう」は千差万別で味も様々ですが、私は、この店の「豆腐よう」が一番だと信じています。その美味しさは、どんなに「豆腐よう」が苦手な人も一口食べると上品な香りに包まれる最高級のチーズのような風味に、虜となってしまうほどです。古いものに新しいものを重ねていくことが伝統という彩香さんのお店は、古い民家を改造したゆったり落ち着いた雰囲気で、料理は琉球漆器、琉球ガラス、やむちん(琉球の伝統陶器)など伝統的な器に美しく盛られて懐石料理のように一品一品運ばれてきます。「豆腐よう」に続く前菜は、ミヌダル(これぞ伝統料理といえる豚の黒ゴマ添え蒸し)、ターム(田芋を揚げた物)、ゴーヤや島ラッキョウの天ぷらは、塩をつけて食べるとシャキッとした食感がなんともいえません。その後十品近くの料理が供されますが、中でもラフテー(白味噌仕立ての豚の角煮)、ドウルワカシー(田芋を茎と一緒に茹でてつぶし、豚肉、かまぼこ、椎茸、きくらげ、豆などと和えた手間をかけた料理で、ネットリした食感と深いコクが特徴)は逸品です。〆は旨味の濃いダシをかけたトウンファンという炊き込みのご飯、デザートはシークピー(タピオカ)にしょうがの利いた黒蜜を掛けたもの、自家製の「ちんすこう」も用意されています。
前菜ミヌダルほか

彩香さんの料理は、すべてに品格があり、細部にわたり気配りされた完成度の高いものばかりで、沖縄出身の私でも毎回これこそが琉球料理だと古を想いながらいただいております。料理はコースのみで、少食の私でもコースを完食して、帰宅するころには小腹が空いてきます。一品一品が消化と体のことを考えた優しい料理なのです。

彩香さんは、一九三五年東京都に生まれ、二歳のとき叔母の養女となり那覇市に移り、小さい頃から琉舞を学び六歳で初舞台を踏んだといいます。琉球料理で知られる彩香さんは、琉舞でもまた数多くの賞を受賞しているプロの舞踊家です。当時、住んでいた那覇市辻町は花街だったため、幼少から琉球料理は身近にあったそうです。

彩香さんの著書に「てぃーあんだー」というタイトルの本がありますが、洗練を極めた彩香さんの料理の極意は「てぃーあんだー(体からかもし出される料理に対する心)」であり、技術・知識以上に作り手のこころが大切であることが料理から伝わってきます。

ドウルワカシー
私が作っている「粟國の塩」を気に入っていただき、創業以来使用してもらっていますが、数年前に「粟國の塩がなくなったら私の琉球料理は出来なくなる」と彩香さんに言われた一言は、私の塩作りの大きな励みとなっています。
しかし、先日「四十数年の長い歳月にわたり多くの皆様方にご愛顧を賜りました弊店は、今年八月を以ってその長い歴史に・・・・山本彩香」との告知を新聞に載せ、今年八月で幕をおろすことを知らせました。

長い間お付き合いをいただいた、同年輩の私としては、とても残念でなりませんが、今後もお互いの考え方、信念を通し色々なことを学ばせていただければと思います。
琉球料理の灯の一つは消えていきますが、彩香さんのもの作りの心は永遠に伝わっていくと信じています。
彩香さん、長い間ありがとうございました。


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