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うちで作るお料理にも、流行があるからフシギだ。デジカメで日記代わりに、猫や料理や行った先の場所を写すから、コンピューターで数年分の写真をずらーっと見ていくと、それに気づく。
「あ、これずっと作ってない」という料理があるし、同じモノをやたら作っていたりする。
最近はやりの中に「キャベツに昆布」というのがある。新鮮なキャベツをざく切りにして、塩昆布をパラパラ混ぜ、ゴマ油をかけるだけの超カンタンサラダ。ドレッシングをつくらない代わり、昆布が決め手だから、うちでは大阪の料亭、錦戸の「松葉昆布」、針みたいに細かく美しい昆布を混ぜる。

なぜそんなフシギなサラダにめざめたか? 答えはビッグコミック・オリジナルの「深夜食堂」(安倍夜郎)にある。麻布十番にでもありそうな小さな店に深夜さまざまなお客がきて、主人に見つくろいを注文する。ある夜、女が「キャベツに昆布を」。彼女はおいしそうに食べ、羨ましげな相客に主人が同じものを出し、みんな虜になってしまう。

「ママ、これどう?」ある夕方、アミがサラダボウルをさしだした。ちらり見て「深夜食堂ね!」。
「わかった?」ちょっとがっかり顔。
「私もずっと気になってたから、あれ」
小説のなかの料理をつくることはあっても、漫画では初めての経験。都会風のしゃれた作風のせいかも。いま「深夜食堂キャベツ」はうちの人気者。

考えると、うちはもともとの野菜好きのうえ、地球人倶楽部のオーガニック野菜でますます野菜好きになった。さらに、ディナー、つまり夕食に野菜の占める割合が、肉に対してずっと増えたのだ。 

その前奏曲は、一日三食のなかで夕食のウェイトがへって、大好きな朝食が第一の場を占め、夕食はセカンドになったこと。ライフスタイルが変わったのだ。
私たちにとって、朝食は一時間かかる大事なリチュアル。起き抜けのジュース、そしてコーヒー、果物、トースト、卵料理にハムやベーコン、自家製ヨーグルト。ときにはアイスクリーム。必然的にランチはなしで、ティタイムの「何か一口」、そして夕食で一日を締めくくる。

夕食は、どこの家庭でもしっかりつくるはず。モノ書き商売の私の家庭でも、「朝第一」ながら、やっぱりディナーは凝ったお料理をしていた。メインディッシュの肉や魚をフレンチやイタリアンにし、それを中心に、スターター、温野菜にサラダ、スープなどを案配するメニュをたてていた。

ディナーの時間は、夜の八時スタートがうちでは普通で、もう少し遅いこともある。原稿を書いていると押せ押せに遅くなってしまうから。でも食後四時間は起きて活動していないと、とったカロリーが消費されない。ある日、アミが言った。
「夜、少し軽くしない? 最近目方が増えてるの。ママ、晩にフレンチ食べるんだもの」
「OK。アフタヌーン・ティのチーズやカヴリ(ライ麦のクラッカー)で私も晩はそう欲しくないの」私も告白した。実はCS放送が『主任警部モース』を夕方の五時から二時間、月曜から金曜までやると、二人で見ながらスナックをつまみ、昔はやった「カウチ・ポテト」で、重い夕食は敬遠気分になる。

芽キャベツの苦みがベスト、そら豆は代用


こうして、うちの食事はグイッと舵を切った。
ディナーを軽く! 野菜をもっとたくさん! なんだか、スローライフの宣伝係みたいだ。
ちょうど、大田屋のいいスネ肉があった。ポトフだ! ポトフはフランス語のPot-au-feu、「火にかけた鍋」で、ポピュラーな水煮料理。スネ肉と野菜を弱火で長く煮込むだけ、すなおな味の自然体の料理だ。コツはお湯になってから肉を入れること。野菜たっぷりだから六百グラムのスネ肉なら二日分は充分ある。自然な海の塩が欠かせない。
野菜主体の動物性脂肪の少ない夕食は、軽く、さわやかだ。アミは「目方減った! 野菜だと夜もよく眠れる!」とおおよろこび、料理の工夫に本と首っ引きだ。ある夕食は、卵とサラダだけ。

「冷たい半熟卵アンダルシア風」は帝国ホテルのシェフ、村上信夫さんの本からで、トマトジュースのジェリーと冷たい半熟卵をカクテルグラスに入れ、上にホイップ・クリームをのせるおしゃれ卵。サラダはベビーリーフ、トマト、ブラックオリーヴをたっぷり。
お豆腐の変身では、キャラメライズド・トーフが最近のヒット。タイムズが選んだ世界のフードブログ のサイトでアミが発見。固いお豆腐を四センチ角で薄くカット、オイルでキツネ色にいため、ガーリックのみじんとピカンを加えてさらに数分、最後に砂糖を大さじ三、ばらりと。サラダボウルにあけ、芽キャベツのチョップをいためてボウルに加える。コリアンダーを上に散らす。

フレンチでも、バター少しでできる料理はたくさんある。ちょうど札幌の友達が、釧路から活け〆の時鮭を送ってくれた。時鮭は夏が旬の美味。一部は凍らせてルイベに。あとは大きくカットして使う。
「米津さんのレセピにするわ」これは私の気に入りだから、料理は私の役になる。
うすくのばした鮭のフィレをさっとバターとオリーヴオイルでソテー、ホウレンソウを敷いた上にひろげて、トマトのダイスカットをまわりにバラバラ散らす。野菜たっぷりで目にも鮮やか。

和食では魚はお皿にひとりぽっちでのるけれど、フレンチやイタリアンは、野菜との「共演」が多いので好き。白身のお魚をさっとソテーし、トマトとハーブのソースをかける一皿。 これもリーガロイヤル・ホテルのシェフ、米津春日さんのレセピ。

アスパラガスというと、ゆでて、パルメザンチーズにバターたっぷりが代表的。これも方向転換して、お出汁でグリーンアスパラガスを煮てみたら、ホットでもコールドでもとてもおいしい。うちでは最近、真空パックの萬樹のお出汁でやっている。
こういうあっさりディナーの夜は、寝るときもからだがさわやかに、軽い。


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