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なぜ、家のなかの機械は困るときに限ってこわれるのだろう? マシンにいたずら好きの頭脳があって、夏休みまえになると「いたずらしてやろうかな?」なんて思うのか? 

そう推理したくなるほど、休みまえや、どこもクローズするお正月に、機械は不具合を起こす。正月二日朝に暖房が突然とまったり。夏休みで出かける前日、セコムがちゃんと作動せず、部品の取り替えが間に合うか、ハラハラしたこともある。

暑くなってきた六月下旬、私は宣言した。
「バヴァリアン・クリームをつくるわ」
クリーム、卵、ゼラチンが素材のプルプルした冷たいプディングは、オーヴンなしでできる夏のヒット。

夕食後のぞいたら、なんと! まだぜんぜんゆるい。「ヘンね、いつも数時間で固まるのに」「もしか、ミルクを入れすぎたかな?」。はかり違えはまず疑う要素だ。まだ、私は冷蔵庫を信じていた。

翌日の夕食後、デザートを取り出した。プディングはまだダブダブ。
「レイドルで掬ったほうがよさそうよ」。やっと私も気づいた。「冷蔵庫、ヘンなんじゃない?」
温度計を見た。専用の温度計がフリーザーと両方に入れてある。「あー、故障だ! 十五度もある!」フリーザーは零度を越えてるらしいが、温度計が曇ってよく見えない。

「もうドアを開けちゃダメ!」
「日曜日だから、故障の電話かけられない!」
フリーザーに山とストックしてある肉を考えた。あれが融けたら大損害だ。
その晩は氷なしのぬるい水を飲んだ。翌朝は、フリーザーからパンも出せないし、バターを冷蔵庫から出すこともできない。ともかく業者に電話した。
「すぐ、わかる者に行かせます」 

私たちは心配しながら、予約の歯科医に行った。
午後やってきた技術者が見て、フリーザーのストックを全部だし、背面のパネルをはずしてディフロスターをチェックした。冷蔵庫の丈いっぱいに、配管が水平にUターンしながら上から下まではいっている。霜がついているのはほんの一部だ。
「ディフロスターの故障です。霜がついてる部分だけが働いてるんです」
「効きすぎるほど冷えていたのよ。野菜ボックスの中でお野菜が凍って困ってたの」
「それは故障のしるしなんです。効果的に霜取りできないから、キカイがフル回転してたんですよ」
キカイの動作がおかしいと思ったら、すぐ連絡してチェックすべきだったのだ。
「ドライアイスをフリーザーに入れてしのいでください。一キロね」彼は言った。「冷凍庫から冷蔵庫には冷気が回るから。でも氷はできませんよ」

明日、ガスを入れる者をよこす、と言いおいて彼は帰った。私たちは暮れ方の街を、親しい店に向けてクルマを走らせた。店はドライアイスを新聞紙に包んで渡してくれた。手袋をはめて、フリーザーに冷たい塊をぶちこんでちょっとほっとした。

友達も冷蔵庫の故障でドライアイスに苦労したという。「教わった問屋に買いに行って、帰りに気づいたら、雑司ヶ谷の墓地の隣だったのよ!」
ドライアイスで冷やしても、注射にすぎない。
「いるものは全部手前において、すぐ出せるようにしなくちゃ」バター、パン、ミルク、「コーヒー豆もフリーザーから冷蔵庫に移すわね」

冷蔵庫ダウン、中身を必死に食べる


昔アメリカの大学で、友達が言った。
「大学教授のサラリーより、プラマーのほうがずっと稼ぐんだ。お金を溜めるならプラマーになれっていうくらい」

プラマー plumber は水道屋。水道管の設置や維持は都市のライフラインだ。夜中に家庭に行って歓迎されるのはプラマーと言われるが、冷蔵庫と暖房も同じだ。

翌日、技術者は冷蔵庫の裏側に回り、コンプレッサーに何やら充てて様子を見た。そして宣言。
「これはガスを入れても無駄ですね。コンプレッサーがダメです」
「この冷蔵庫、十年しかたってないのよ」
「十年もてばいいですよ」彼は言った。「その頃の
GEは、中国で製造してモノがわるいんです」
こうして、新しい機種がきまるまで、毎日、一キロのドライアイス投入が続いた。驚くことに、自動製氷機は、ドライアイスでも製氷を続けた。私は冷たい水のありがたみをつくづく味わった。

冷蔵庫が不自由だと、食事を思うように作れない、料理が単純になるのに驚いた。開け閉めが自由にできないと、冷蔵庫からハーブやスパイスを出すなど温度のロス。限られた材料でやるしかない。

最初の晩は、下ごしらえしてあった仔牛のひき肉のビストーク・ア・ラ・リュスと、白アスパラガスのボイルにパルミジャーノとバターをかけて、トマトとバジルのサラダですませた。
翌日は白アスパラガスの残り、お豆腐とワカメ。イワイドリのささみのカルパッチョ、アンデスメロン。
次の晩は作りおきのマッシュルームスープ、ドライアイスのついでに買ったアジをベビーリーフとカルパッチョに。ポテトサラダ、アヴォカドとトマト。
翌日はシンプルのきわみのリブ・アイ・ステーキに、ボイルド・ポテトとカリフラワーのサラダ。

冷蔵庫がはいった日の晩も、セッティングが結構手間どってクタクタ。それを予想して高島屋で買った井泉のヒレカツときざみ生キャベツに、湯葉豆腐――ラクラク食事でホッ。

冷蔵庫は、家庭の食事の質と幸福がかかっているマシン。どんなに緊急であっても、絶対に最適な品を選ばなければ。冷蔵庫は日本製、アメリカ製、ヨーロッパ製では、ライフスタイルによって中のつくりが違うことを発見した。日本製はいかにも日本的に内部が細かく分けてあり、ヨーロッパは堅実で、しかもワインボトルを入れやすい棚がいい。アメリカは製氷が機能的で、棚のつくりに流行がある。エコロジ配慮はほぼ同じだ。私の買ったGEは、環境的に日本製よりいいのに、エコポイントはついてなかった。

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