No.271








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●暑い盛りだった。ふらりと訪れた沼地に蓮(ハチス)が生い茂っていた。花はもう終りかけていた。花弁を落としたばかりの花床をツンツン突き上げていた。棹をさして小舟を操る人がいたので、幾つかの花床を手折ってもらった。花床には沢山の穴があり、その穴に実が詰まっていた。この形が蜂の巣を連想させるので「ハチス」なのだろう。実の未熟なやつはダメだが、ピーナッツの粒程に膨らんでいれば、皮を剥いて生食できる(やがて黒変して食えなくなるゾ)。コリッと歯を立てると仄かな甘味が広がり、悟りの境地へと導かれる。スピリッツを嘗め嘗めこいつを齧ると、儂の脳ミソは曼陀羅(まんだら)模様と化すのだ。▲何を隠そう…(下界にいる限りは)儂は慢性の重い不眠症である。夜更けて〇時から四時までの間が、実は気分が最もスッキリする時間帯なのだ。仕方なく机に向かったりする。腹が空くわけでもないが、何となく口淋しい時間帯でもある。而して粒々類の登場となる。ハシバミ・アーモンド・塩豆・落花生…エトセトラ。当然のこと、ある種の液体もコラボレイトする。体にいいわけがない。「メタボルなよッ」と腹を擦る。分かっちゃいるけど止められねえ。■昔々、扱い方も知らぬまま大量の銀杏(いちょう)の実を拾った。その毒性に全身が気触(かぶ)れて全治二年の苦汁を嘗めた。それがトラウマとなって、以後銀杏の樹に近付けなくなった。もっとも食べる方は別で、年を経るに従って口にする回数も増えたようだ。近年、神職の方から大量のホワイトナッツを戴く。だからこの季節の例の時間帯は、主にこれを摘みつつ過ごす。「紙の封筒などに入れて一分間チンすればよい」と教えられたから、最近は専らこの方法で加熱して、食す。

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