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クルマを停め、玄関からリヴィング・ダイニングにはいった。ダマスク織りのテーブルクロスにキャンドルがやわらかな光を投げ、陶器類を照らしている。
白い長方形のオードヴル皿、カラフルな線がぐるりを回っているグラス、白地に同じモティーフの線がはいったディナー皿。どれも八人分置かれている。招かれた私とアミはうっとり眺めた。

ディナーにひとの家に招かれるのはうれしい。どんな雰囲気のセッティングで、どんなお料理が出るか――ホステスのアイディアと腕のみせどころ、そして楽しいおしゃべりへの期待。
「えらいわね、オードヴル用のお皿まで」私は挨拶もそこそこに、ホステスに言った。「レストラン風に分かれてるお皿ね」アミも感心している。
「近くの店で見つけたの。安かったんで、そろえられたの」ホステスは謙遜した。
八人前の食器は、揃えるにも、収納場所にもアタマを悩ますかさばる道具だ。もし欠ければ、お客のとき数があわなくなる! ディナー皿の数が足りなくなって困っていた私は、えらいな、と思った。

「お皿を買うときは、いると思う数より、一枚余計に買うのがいいんだよ」と貴重なアドヴァイスをしたデザイナーの友達がいる。「一枚欠けると数がたりなくなるでしょ」
たしかに! うちにはディナー皿は何種類かあるけど、六枚セットが一枚欠け、二枚欠けると、たちまち数量的に困るようになる。しかも私の家では、夕食の食器はカトラリーやサーヴィス皿などで量が多いから、流して皿洗い機に入れておき、溜まってから一気に洗う。したがってディナー皿は数がいる。次に買うときは、八枚そろえたいとずっと思っていた。

パーティのお客のためじゃない。うちのパーティは大勢のビュフェだから、デザート皿サイズをたくさん揃えてどんどん取り替えるやり方。〈ディナー皿ほしい〉はまったく自分用手抜きと、美的遊びの二つの理由から。

口紅の色だって、日によって変えたい。普段のスゥエターだって、毎日同じのは着たくない。食器だって同じだ。お皿のカラー、デザイン、好みで日々選べれば、食事はずっと楽しくなり、味も数倍に感じられる。いまの気に入りディナー皿は、アメリカの船のミュージアムの、帆船の柄の四枚とイタリーの手描きで模様がぜんぶ違う六枚と、ほかに数がたりなくなった二種類がある。

しかしディナー皿との出逢いはなかなかない。高いものだし、セットならあっても、単独ではむずかしい。でも、食器は長くつきあうものだから、いい加減な妥協はしたくない。
軽井沢にサマーハウスを構えた友達も「ここはぼくの好きな食器だけで揃えるんだ、東京の家のいらない品を持ち込まずに」と宣言して、大倉陶園の白い食器とイッタラのワイングラスを四人前そろえ「それ以上の人は無視するんだ」とにやり。ヴァカンスの住まいを、本宅の器物のゴミ捨て場にしないのはいい覚悟だ。美的な暮しは、簡素でも、自分の好みで道具をそろえることで始まる。

食事の美学は猫にだって必要だ。猫好きなら自分の好みにあったお皿で食べさせるのがあたりまえ。デパートで猫のお皿を探していると「まー、幸せな猫ちゃん」なんて言われるが、愛猫家はみなそんなものだ。どこかで、モノをへらして暮そうという記事を読んだとき「アルミのお皿だって私はヘーキだ」とあった。私はノー。
アルミ皿ではおいしく食べられない。うちの猫にだって使いたくない。猫たち三匹は、絵本の「マドレーヌ」のメラミン製を夜中のスナックに、ブルーオニオンの陶器と、フランスのガラスの料理用を朝夕で使い分けている。

人の食卓では、食器プラス、カトラリーやグラスが伴奏になる。美食の国フランスは意外と野蛮で、十六世紀にメディチ家のカトリーヌがアンリ二世の妃になってフォークを宮廷に持ちこむまで、手づかみだったという。
日本のお箸はもっと古く、古事記(七一二年/八世紀)にスサノオノミコトがヒノカワ(斐伊川)で箸が流れ下ったのを見て上流に人が住むのに気づく話しがある(八岐大蛇退治の神話)。

古代の日本人はどんな食器だったろう? 万葉集の有間皇子の辞世に「家にあれば笥に盛る飯を 草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」は有名だが、その解説には「笥」は器で金属製か、とあり、椎は葉が小さいから枝を折り重ねた上に飯を盛ったとも、いや葉の大きな種類を用いたか、とある(万葉集、岩波書店)。

用意半ばの食卓、取合わせの妙にワクワク


ひとり暮らしでマンションに猫と暮らす友達は、マイセンが好きで、外国旅行のたびにアンティークのバラ売りでティカップやお皿を買う。「柄が揃わないけど気にしないの。かえって気分が変わっていいでしょ」。フェミニンな彼女らしい個性的な蒐め方。食器は使うひとのライフスタイルをあらわしている。

私はカジュアルで陽気な柄が好き。ヘレンドのカジュアル・エレガンスは好きだが、高いから数を揃えられない。でもとうとう出逢った。日本を撤退するロイヤル・ドルトンの七十%引きを、デパートで 。クラシックな柄が気に入った。

日英独仏の家庭の生活財調査(生活財生態学一九八〇)はライフスタイルの違いがわかっておもしろい。日本に少ないものが洋食器、ワイングラス、カトラリー。代わりにゆきひら、土鍋、湯豆腐鍋、中華鍋。和食器は、用途別に形が多様で場所をとるから収納がたいへんだ。

食器の集め方は、家庭によってさまざまだが、いま私は、お皿の立体的収納を小さな道具で解決するのに懸命だ。お皿を段々で重ねるラックは、外国製にいいのがある。

外国映画を見るとおもしろいのは、お皿を壁にとりつけたオープンシェルフに、よせかけて立て並べる方法だ。日本ならホコリがつくと言いそうだ。落ちないよう手前に桟を一本打ったのを『コレリ大尉のマンドリン』で見た。舞台はギリシャのケファロニア島で地震地帯。うなずける。

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