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いつでも、どこでもあると思いこんでいるのが卵。いつも冷蔵庫にころがっている卵、スーパーの安売りの目玉になる卵。

でも、もうちょっとこのコたちを大事にしてもいいのじゃないか? 卵がなかったら、お菓子もパイもキッシュつくれないし、ソースもだめ、フライやてんぷらもできない。ハンバーグやスープにも困る。食の基本に卵が不可欠だ。冷蔵庫を開けて卵が少しになっていると、私は落ち着かない。

卵を見直してやったらどうかしら? それなのに、「毎朝、卵! 飽きちゃった!」なんて私たちはぼやく。アミは子供時代、朝の目玉焼きが嫌いで、食べたふりをして、床まであるカーテンの裾に隠していた。それを発見したときの私の怒り。食べ物を親に隠して捨てるなんて、私の子供時代には考えられなかった。叱られても「食べたくない」とお皿に残した。コドモは知能犯ではなかった。
その話しをアミが年下のいとこにしたら、
「ユミもやった!」と叫んだ。「私はくずかごに捨ててたの。ある日音がしちゃてママに見つかってものすごく叱られた」
「でもオニイはもっとずるいの。口にほおばって、トイレに行って、吐き出してたの。でもママがふしぎに思って、発見したの。叱られたわよ!」

朝食の卵。半熟か目玉焼きか、オムレツかスクランブルドエッグか。やっぱり飽きる。たしかに飽きる。卵が「これじゃ侮辱よ!」「もっとおいしく料理して!」と叫んでいるのが私には聞こえる。

卵に飽きるのは、私たちが卵を安直にとらえて、おいしく食べるための、ヴァラエティのある料理をしないからだ。卵の見直しの基本は、そこだ。もちろん、朝食は必ず卵というパターンを変えるあたまのやわらかさも必要だ。ときには卵をオミットし、スモークド・サーモンとクリームチーズに変えてみる。お魚を朝食べたっていいじゃない? 和食の朝ご飯なら、焼き魚がつく。トラディショナルなホテルの朝食には、お魚のフライがある。
ここでエッセンシャルなことは、卵は補助的な素材じゃない、メインディッシュになるもの、という認識をすること! 肉、魚、チキンと同じように。

それには、卵料理の研究だ。卵には、山のような料理法があるのに、私たちは無精にも同じことの繰り返しをしているのだもの。
いつでもある、安い、という卵の固定イメージが、実はおいしい料理になる卵の地位を低くしている。日本人はランクづけが好きなのか、食べ物でもランクが低いと大事に使わない?

でも本当は、いい卵は安くない。十個入り一箱が六百円。ちょっとした肉の値段だ。スーパーの卵は同じ数で二百円かそれ以下。でも味がぜんぜん違う。いい卵なら自然、大事に使うようになる。
「黄身がまっ黄色だからおいしいわよ」と薦めるひともいるけど、これはまちがい。飼料にターメリックを混ぜれば黄色くなる。パプリカでもなる。大事なのは、添加物のない、新鮮な餌を配合して与えられているニワトリの卵であること。清潔な環境、ほどよい密度の飼育舎。こういう卵は殻も固いし、割ると黄身がこんもり、白身もぷるっとしている。
そこで私は、お菓子や肉に混ぜるには普通の卵、食卓で食べる卵料理にはいいのをと使いわける。

バタ炒め エンダイヴですてきなオムレツ


なんといっても、手をかけて料理した卵が最高だ。そしてフランス料理には、おどろくほどたくさんの卵料理がある。
専門家によると、卵料理はざっと七種類にわけられるという。型にいれた卵をオーヴンで焼くか蒸す料理。卵を浅い焼き皿に入れてオーヴンで焼く料理。スクランブルドエッグ(軟らかく仕上げるために二十分かかる)、ポーチド・エッグ、半熟卵、揚げ卵、そしてオムレツ。

なんだ、みんな知ってると思ってはノー。このカテゴリーのそれぞれに、たくさんのレセピがある。ほんの少しあげても、ポーチドエッグは、海老やキュウリで囲んでコンソメジェリーの冷製。半熟は殻から出して、

アンチョヴィをまぜたホウレンソウのバタいためにのせ、ベシャメルソースをかける。生の卵を油で揚げるレセピでは、チキンレヴァーとマッシュルームをいため、揚げ卵をのせ、マデラソースをかけるなど。

卵料理は、フランスではディナーになる。カトリックでは金曜日には肉は無し、お魚を食べた。卵はお魚と同格だから、賑々しい料理法が作られたのだ。スペインやイタリーの卵料理が多彩なのも同じ背景のせいだろう。

以前パリでフランス人カップルに夕食に招かれた。大きなオムレツと旬のグリーンピースが食卓にどん、と出された。それをディナ皿にとりわける。そしてバゲットにバター。シンプルでシックな食事に、なるほどと目が開いた。
とにかく卵は変幻自在、キッチンの魔法使いだ。

レセピでいちばん多いのはオムレツだろう。最近の気に入りはロッシーニ風オムレツ。
フォアグラが大好きだった彼の名に因んだ料理。ちょうどフリーザーにだいぶ前買ったフォアグラがあった。卵三つにフォアグラを三十グラム。フォークで砕いて卵にまぜて強火でさっと焼く。舌がとろけるおいしさだ。

そうなると、いまオムレツをつくっているフライパンではものたりない。ただのテフロンは論外だし、愛用の鋳鉄のは、軽やかにオムレツを寄せてひっくり返すには重すぎる。
「何がいいか、米津さんに教わるわ」
リーガロイヤル・ホテルのシェフを永年つとめた大家に、アミはメールを出した。すぐ返事がきて、これこれのがよいでしょう、と詳しく説明されていた。インターネットで取り寄せた。
しっかりしたつくりのテフロン加工、銀色で重さは結構ある。縁は深めでゆるくカーヴしている。ホテルの厨房でも使っているから本ものだ。
「オムレツになじみそう!」
さっそくロッシーニオムレツをつくって、しあわせいっぱいになった。

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